覚え書:「インタビュー:変貌する途上国援助 エリック・ソールハイムさん」、『朝日新聞』2015年01月14日(水)付。

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インタビュー:変貌する途上国援助 エリック・ソールハイムさん
2015年1月14日

(写真キャプション)「2030年までに極度の貧困を根絶するのは大変だが、世界のリーダーが決断すればできる」=パリ、マリー・ギトン撮影

 豊かな国が政府の途上国援助(ODA)で貧困から救う。そんな援助の常識が変わりつつある。企業や新興国から巨額のマネーが途上国に流れる一方、日米欧は国益とODAを強く結びつけようとしている。先進国でつくる経済協力開発機構OECD)の開発援助委員会(DAC)議長、エリック・ソールハイム氏に変貌(へんぼう)する援助について聞いた。

 ――日本政府は12年ぶりにODAの基本方針の「大綱」を見直し、日本経済の成長にもつながるよう官民連携を強化する方向です。DACもODAの定義を再考していますね。

 「そうです。日本を含むOECD諸国のODAは、2013年に過去最高の1350億ドルに達しました。ただ、途上国を援助するパラダイム(枠組み)は変わりつつあります。世界経済の構造が変化しているからです。ひとつは途上国を新たな市場とみる民間の投資や貿易、送金が増え、ODAの2・5倍に上っている。もうひとつは中国やインドなどOECDに加盟していない新興国が台頭し、援助する側に回っている。これらはODAには含まれません」

 「定義の見直しにあたって最も重視しているのは、ODAをてこにして、もっと民間投資を動員する仕組みができないかという点です。たとえばビジネスが難しい地域に民間が投資するときに、ODAがある程度のリスクを引き受ける。政府と民間が協力すれば、途上国に巨額のマネーを向かわせることができます」

 「ODAの援助対象も、最も開発が遅れている国に絞るべきでしょう。中国やブラジル、トルコのように成長した国は国内で開発資金を調達できますが、アフリカやアジアでは開発援助を必要としている国が少なくありません」

 ――ODAの枠を超えた話ですね。ODAは政府や公的機関による開発協力ではないのですか。

 「ODAの仕組みを維持しつつ、さらに視野を広げて新しい援助の概念をつくりたいのです。ODAが触媒になって引き出された民間投資や、平和と安全のための費用など(DACが十分に把握できていないもの)も包括する考え方です」

 ――利潤を追う企業と経済成長を求める国家が一体になると、援助する側の国益が前面に出ませんか。たとえば中国政府が積極的なインフラ開発支援には、「中国企業に工事を投げて潤わせている」「手続きが不透明だ」といった批判があります。

 「インフラ開発は、人々を貧困から救い出す鍵です。いくらモノをつくっても道路や鉄道がないと、運んで売ることができない。この10年、途上国のインフラ開発に最も貢献してきたのは中国です。いまもケニアからウガンダルワンダに通じる鉄道の建設資金を出し、エチオピアの鉄道建設も支援している。先進国に対する刺激とみるべきでしょう」

 「もちろん中国も学ばなければなりません。もっと現地の人々を雇う必要があるし、(援助対象の)国家が発展するには良き統治が必要だということも理解すべきです」

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 ――民主的とは言えない国への援助にも熱心にみえますが。

 「民主主義は最上の政策システムでしょう。しかし、独裁国家でも開発は進展するという事実を認めないといけない。たとえば韓国の経済成長は、最も輝かしい成功物語です。しかしその発展の大半は、独裁的な大統領が統治していた時代にもたらされました。台湾、シンガポール、中国もそうです。一方でインドネシアはユドヨノ大統領が(民主的に)選ばれた後、より発展しました。大切なのは指導力です。有能な指導者がいるかどうか、なのです」

 「だから援助すべきなのは、正しい政治決断をしている国です。民主主義国家と同じである必要はない。エチオピアをみてください。国の発展という意味では、アフリカで最も成功した国でしょう。しかし、完全な民主主義システムが確立されているわけではありません」

 ――それこそ中国に刺激されたのか、無償資金協力による貧困削減に力を入れてきた欧米も、インフラ開発支援に積極的になっています。国益を考え、自国企業の海外進出を後押しする狙いもあるようです。

 「ODAには二つの目的があります。ひとつは連帯です。自分より貧しい人を助けたいという敬虔(けいけん)な思いです。もうひとつは、より安全で豊かな世界に向けた行動指針をつくるということです。平和で安全な世界は、どの国にも利益となります。連帯と賢明な外交政策という二本足で歩んでいかなければなりません」

 「でも、それは『どの国も自国の優先順位を反映してはいけない』と言っているわけではありません。国益が、より平和で豊かな世界をもたらす賢明な政策を意味する限りは、素晴らしいことだと思います」

 ――英国は「援助は安全保障戦略の一環」と位置づけています。日本の新大綱も、これまで禁じてきた他国軍への支援について、災害救助や復興支援など非軍事分野に限って認める方向です。

 「ほとんどの人が軍事力の限界を認識しているということでしょう。アフガニスタンリビアイラクでの戦争で、西側が多大な成功を収めたと言う人はいない。戦争や紛争はおおよそ発展が遅れた国で起きています。給料が安いと、過激な集団を募るのも簡単です。恒久的な平和を築くには経済の繁栄が不可欠です。人々を貧困から救い出すには、様々な政治的、経済的な手段を使わないといけないのです」

 「フランスなどは、国連安全保障理事会の決議に基づく平和維持活動(PKO)への費用もODAとして数えるべきだと言っていますが、それは難しい。健康や教育など重要分野の援助を減らす言い訳を、各国に与えることになりますから」

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 ――貧困者の人口半減などをめざした国連のミレニアム開発目標(MDGs)は、15年に目標期限を迎えます。発案者としてDACは進み具合に満足していますか。

 「この20年で極度の貧困者の人口は半分になりました。幼児の死亡率も半減しました。大変な進歩です。世界は混沌(こんとん)に向かっていると思うかもしれませんが、現実は逆です。私たちは良い方向に急速に向かっている。MDGsが強力な牽引(けんいん)役になったと思います」

 「この成功を次のステップへのはずみとしなければなりません。マラリアで子どもが死亡している国で、『世界をならせば、保健衛生の課題は順調に解決されています』と母親に声をかけたところで何の慰みにもなりません。花火を上げて成功を祝う前に、発展から取り残された人たちを仲間に加えねばなりません」

 「開発に成功した国をお手本にしましょう。日本や韓国は、どうやって世界に誇れる教育制度を確立したのか。ブラジルやチリ、メキシコは、貧しい人たちにどういうふうに資金を振り分けているのか。そうした事例を分析し、最も経済発展が難しいアフリカの国々に適用できるか考えるのです。その点で、DACはお手伝いができると思います」

 ――日本の役割は?

 「日本にはもっと国際舞台の場で指導力を発揮してほしい。貧困を根絶し、気候変動問題を解決するのは、政治家の指導力です。お金の問題ではありません。米国や中国もいますが、私たちはもっと指導力を必要としています」

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 Erik Solheim OECD開発援助委員会(DAC)議長 1955年オスロ生まれ。ノルウェーの政治家でスリランカ和平の特使、環境兼開発相などを務めた。2013年1月から現職。

 ■日本は先祖返りせず理想追え 国際協力NGOセンター理事長・大橋正明さん

 日本政府がまとめている開発協力大綱は、いまのODA大綱から大きく変わるものになるでしょう。現大綱が貧困層への直接支援も重視しているのに対し、新大綱の原案は、途上国の経済成長を応援して貧困を減らし、日本の「国益」も追求するという姿勢を一層鮮明にしています。

 戦後の焼け野原から急成長し、所得水準が劇的に上昇した日本には、もともと「経済成長こそが貧困をなくす」との信念があります。富裕層が富めば貧困層にも富が行き渡るというトリクルダウン効果を狙って、途上国の道路や橋などのインフラ整備を重点的に支援してきたのです。

 1980年代になって日本のいわゆる「ひも付き援助」が批判される一方、援助総額が世界首位になったこともあり、92年に出た最初のODA大綱には「開発支援と国益をリンクさせるぞ」というギラギラ感はなかった。新大綱はそんな最初の大綱以前に先祖返りするようなもの。

 ODAの中国化とも言えます。

 日本のインフラ開発援助をバネにアジアの新興国は目覚ましい発展を遂げました。彼らもまた自らの成功物語をもとに、途上国の貧困削減ではなくインフラ整備の支援を重視している。その筆頭の中国は、援助事業を進めるときは自国から企業や労働者をどんどん持ち込むようになった。新大綱の原案が「日本の経験と知見を踏まえる」として日本企業の海外進出を後押ししようとするのもそんな動きに刺激されています。

 「中国化」は日本だけの話ではありません。無償資金協力を錦の御旗にしてきた欧州でも、リーマン・ショック後の財政難を背景に、インフラ開発協力を重視する動きが出ている。ODAを統括してきた官庁を外務省と一体化させて「援助の外交の道具化」をめざす国もある。

 果たしてこれでいいのでしょうか。開発独裁の国では民衆は必ずしも幸せではない。成長重視の政策はしばしば格差の拡大を引き起こす。貧困層を対象とした直接的な援助や、富の公正な再分配を促す支援には、「経済成長」と同じくらいの優先順位を与える必要があります。

 国際経済に大きく依存する日本はある意味、積極的に理想を追求すべきです。日本政府が「貧困を減らす効果が薄い」と思っている無償資金協力もきちんと運用すれば結果は違う。純粋に人道的な援助をやり続けることが「国際益」になり、それが本当の国益になるのだと思います。

 (聞き手はいずれも機動特派員・織田一)

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 おおはしまさあき 53年生まれ。南アジアの貧困者を支援するNGO「シャプラニール」や日本赤十字社などで活動。聖心女子大教授。

 ◆キーワード

 <開発援助委員会(DAC)> DAC(Development Assistance Committee)は経済協力開発機構OECD)の傘下にあり、政府の途上国援助(ODA)として報告できる条件を規定し、援助を奨励している。メンバーは先進28カ国と欧州連合(EU)。加盟国政府や世界銀行など公的機関による援助のうち、DACが「豊かではない」と認定した国・地域へのものしかODAと認められない。ODAは、主に途上国のインフラ整備を目的とした融資である「有償資金協力」、返済を求めない「無償資金協力」、人材育成のための「技術協力」からなる。国連はODAの目標を「国民総所得(GNI)の0.7%」と決めているが、2013年に達成したのはノルウェーなど5カ国だけで日本は0.23%。DACに加盟していない中国など「新援助国」はODAの規定や目標に縛られず、不透明な援助が多いと批判されている。 
    −−「インタビュー:変貌する途上国援助 エリック・ソールハイムさん」、『朝日新聞』2015年01月14日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11549065.html





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