覚え書:「論点:阪神大震災20年」、『毎日新聞』2015年01月16日(金)付。

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論点:阪神大震災20年
毎日新聞 2015年01月16日 東京朝刊

(写真キャプション)国道に落下した阪神高速道路=神戸市東灘区深江で。1995(平成7)年1月17日午前9時10分撮影

 各地を襲った昨年の大雪、風水害、火山噴火は記憶に新しい。南海トラフ巨大地震、首都直下地震への備えも急がれる。17日に発生から20年を迎える阪神大震災の経験を「災害列島」はどう生かせばいいのかを考えたい。


 ◇住宅再建支援に心残り−−村山富市・元首相

 あの日の朝、公邸で6時のNHKニュースを見た。トップニュースではなく、京都、彦根震度5か6という内容だった。京都の友人に電話すると、「揺れはひどかったが、被害はなかった」というので、「それはよかった」という程度にしか受け止めていなかった。

 しばらくして、災害担当の秘書官から「神戸の揺れが相当激しかったらしい」と電話があり、初めて神戸が被災していると知った。昼過ぎに、神戸に派遣していた消防庁長官が「火災が各地で発生し、消火が追いつかない。被災の規模も非常に大きくなる」と知らせてきた。1桁、2桁だった死者の数も急に三百何人かに増え、「えっ」と驚いたのを今でも覚えている。

 官邸も災害担当の国土庁(現国土交通省)も当時は24時間体制でなく、被災で通信網はずたずたになり、官邸に正確な情報が届かないという欠陥があった。初動の遅れに弁解の余地はない。その反省として、官邸に安全保障・危機管理室を設け、危機管理監という専門官を配置し、いつどんな災害が起きても状況を把握できるよう整備された。

 ◇「間違えれば人災」

 震災の翌日だったか、官邸を訪れた後藤田正晴元副総理から「地震は自然災害だから防ぎようがない。だけど、復旧・復興は人がするものだから、まかり間違えれば人災になる」と助言を受けたのを覚えている。復興対策を有識者らに検討してもらう復興委員会では後藤田さんが特別顧問となり、兵庫県知事と神戸市長が入り、地元の意向を組み入れて復興の全体像を考えた。問題はなかったと思うが、心残りもある。

 被災しても声を出せず、誰にも気づかれないところでじっと辛抱している障害者や高齢者らが相当いるんじゃないかと思い、厚生省(現厚生労働省)には目配りするよう言ってきた。今の神戸の街並みを見ると、いつ震災があったのか思い出せないくらいに生まれ変わった。しかし、その陰で苦しみを味わいながら生きている人もいると思うと残念だ。

 住宅を失った被災者を援助できなかったことに最も痛みを感じている。人的被害では弔慰金や見舞金の制度があるが、住宅は私有財産という理由から再建費は出ず、ローンを抱えた人を援助できなかった。その後、一定額を支給する被災者生活再建支援法が実現したが、これらは震災を通じて反省させられたことだ。

 ◇慣行にとらわれず

 初動を除いて、内閣の対応はスムーズにいったんじゃないかと思っている。官邸では、対策に何が必要で何が欠けているかの意見や助言をするが、被災地の事情を最もよく知っているのは現地にいる担当者だ。消防庁長官には「従来の慣行にとらわれなくていい。思い切ってやれ。すべて任せる。責任は内閣が持つ」と指示した。彼らの意見を尊重して対策を決める体制でなければならない。

 また、法律によらない組織だったが、全閣僚をメンバーとする緊急災害対策本部を設けた。災害対策基本法に基づいて各省庁の局長クラスが参加する非常災害対策本部と連携しながら、大臣が責任を持つことで内閣が一体となって取り組むことができた。政治家は官僚を信頼して使い切るべきだ。地震津波原発事故が重なった東日本大震災阪神と比べようがないが、民主党政権の失敗は役人を無視したことにあるのではないかと思う。

 阪神大震災発生の2日後に被災地を視察したが、戦争を思い出すほどの地震の破壊力だった。「備えあれば憂いなし」と口では簡単に言えても、実際に体験しないと備えが必要だと感じないだろうし、時がたつと忘れていくから、語り継いでいくことが必要だ。

 震災後、大災害だったのに犯罪がなかったと世界的に評価された。「ボランティア元年」といわれるように、国民の献身的な復旧・復興への協力で日本はすばらしい国だと見直されたことも忘れがたい。【聞き手・二木一夫】

 ◇体験知の伝承次世代に−−野本寛一・民俗学者近畿大名誉教授

 自然環境に関わる体験や伝承を探って全国を歩いている。豊かだけれども厳しい自然に囲まれた日本では、次々と多様な自然災害が発生し、自然災害に関する伝承が多い。「災害列島」といわれるゆえんだろう。

 例えば、住宅地選定のタブーについて、熊本県八代市には「尾先谷合殿隣(おさきたにあいとのどなり)」という言葉が残っている。尾根の先端や谷の合間、権力者の屋敷隣は避けよという意味だ。遠く離れた長野県飯田市遠山郷でも、「尾先谷切宮(おさきたにきりみや)の前(まえ)」という言葉がある。山崩れや土石流、風害などを避けるため、土地の伝承知が熟成され、類似の言葉に凝縮されたのだ。

 これはほんの一例だ。厳しい自然の中で命と暮らしを守るため、先人たちは体験知・伝承知を蓄積することで、細やかな工夫を凝らしてきた。だが私たちはそうした宝物ともいえる知恵を、単なる言い伝えとして軽視・無視して「自然は克服できるものだ」としてきた。さらに、過疎化、少子高齢化の中で、宝物そのものも消失の危機にひんしている。

 ◇か細くなった「絆」

 同様の矛盾は、東日本大震災で浮上した「絆」という言葉にも象徴される。絆はさまざまな意味で使われ、時には被災地から遠く離れた全国の人、海外の人々と被災者との精神的なつながりを指す言葉として使われた。それは良いのだが、絆は元々、綱の意味だ。動物をつなぐ綱が、人と人との断つことのできない結びつきを指すようになった。家族や地域共同体の絆が本来の使われ方だろう。地域共同体の絆は自然発生的には形成されない。みそ、しょうゆの貸し借りなどの相互扶助や、田植え、屋根のふき替えなど労力が必要な際の共同作業「結い」を長年続けることで、絆は固く織り上げられてきた。

 しかし近代以降、私たちはイエの絆を断ち、ムラという共同体の絆を断って、都市に集中し、個の比重を重くしてきた。今や絆はか細い。

 「古屋の漏り」という昔話が東北から九州まで各地に伝わっている。雨の夜、オオカミが馬を盗もうと忍び込んだ家で、老夫婦がオオカミより「古屋の漏り(雨漏り)」が恐ろしいと話しているのを聞き、この世に自分よりも恐ろしいものがあると驚いて、オオカミが逃げ出す話だ。

 共同体の絆から外れた老夫婦の家は、屋根のふき替えや雪下ろしもできず、2人は孤立・孤独の不安にさいなまれている。今、地方を歩くと、「古屋の漏り」の家ばかりだ。だがそんな家は、大都市にも広がっている。マチの共同体も弱体化が進み、果ては孤独死につながっている。

 ◇共助へ覚悟問われ

 災害対策には自助・共助・公助の連携が欠かせないといわれる。共助の力をどう強めるのか。現実社会の絆は決して心地よい緩やかな「結び」だけでない。厳しい「縛り」を伴っていることを直視すべきだろう。田植えの無いマチで、屋根のふき替えが無いムラで、どんな「結い」で自らを縛り、絆を織り上げていくのか。覚悟が問われている時代だと思う。

 かつて、女の子が生まれた家は桐(きり)を植樹する風習が全国にあった。桐の成長は早く、約20年でたんすの材料が取れるようになる。嫁入り道具を持たせるために植えたのだ。結婚は出産につながり、命が受け継がれる。20年は大きな節目の年だ。

 東日本大震災の被災地を歩くと「私たちのことが忘れられてしまうのではないか」という不安の声をよく聞く。発生から4年足らずで、忘れ去られてしまう恐れが広がっている。阪神大震災の体験知・伝承知は、20年でどれだけ蓄積・熟成されただろうか。地球温暖化による気候変動などで、通用しなくなった自然暦も多い。南海トラフ巨大地震津波予想による浸水線は、これまでの記録、伝承をはるかに超えている。阪神大震災で倒壊した高速道路の映像、東日本大震災の巨大津波の映像は、すべての日本人を震え上がらせた。家庭で、共同体で、そうした新たな体験知を、地域を超えて我がこととして語り継ぐことの大切さを改めて感じている。【聞き手・鈴木敬吾】

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 「論点」は金曜日掲載です。opinion@mainichi.co.jp

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 ◇災害法令整備の契機に

 1995年1月17日、淡路島北部を震源マグニチュード7.3の地震が発生し、神戸市や兵庫県西宮市などで震度7を記録した。死者6434人、全半壊家屋24万9180棟の甚大な被害を出した。国や自治体が防災体制や法令を整備する契機にもなり、98年、全壊した世帯に現金支給する被災者生活再建支援法が成立、施行された。

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 ■人物略歴

 ◇むらやま・とみいち

 1924年大分市生まれ。明治大専門部卒。72年から衆院議員8期。93年に社会党委員長、94年6月−96年1月に第81代首相。2000年政界引退。

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 ■人物略歴

 ◇のもと・かんいち

 1937年静岡県生まれ。国学院大文学部卒。環境と民俗の関連に着目し「環境民俗学」を提唱した。「自然災害と民俗」「地霊の復権」など著書多数。
    −−「論点:阪神大震災20年」、『毎日新聞』2015年01月16日(金)付。

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