覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『ドファララ門』=山下洋輔・著」、『毎日新聞』2015年01月18日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『ドファララ門』=山下洋輔・著
毎日新聞 2015年01月18日 東京朝刊
 
 (晶文社・2160円)

 ◇自身の音楽の由来訪ねる「家系史」

 人が天賦の才を持つとしても、それはいかなる条件のもとで開花するのか。ピアノ、それもジャズピアノはどうか。和音の仕組みやコード進行は、教則本を読めば頭では理解できる。しかし演奏を聴いただけで幼児がイタズラ弾きでメロディを真似(まね)たりアドリブまでこなすのは、遺伝が頭を肩代わりするだけではないように思える。環境のはたす役割も、きっと小さくないはずだ。

 山下氏はジャズ、それもコードを無視するようなフリージャズで知られている。1974年西ドイツで収録された「クレイ」は、ジャズ史においてマイルスやコルトレーンの傑作と並び立つ名演だ。さらにニューヨークの一流クラブで1週間連続出演するほど本場でも認められたかと思えば、近年はイタリアに出向いて自作のピアノ協奏曲を国立交響楽団と共演するなどクラシック畑にも進出している。これほどの才は、どのように磨かれたのか。

 本書には自伝の趣もあるが、それよりも著者が自身の音楽の由来をさぐるべく、母方の一族の来歴を訪ねる「家系史」と言うべきであろう。大学生の兄が自宅で仲間とジャズを演奏し、そこに中学生の著者を引き込むというのだから、十分な環境ではある。兄だけではない、隣人も含め次から次へと演奏家が登場する。

 しかもこの小山家の家系には、音楽を好むだけでなく、逸脱したり熱中したりを面白がる風もある。ジャズマンには「面白がり」が不可欠である。そこで著者は、演奏家でなくとも質においてジャズマン的である人脈を探り当てていく。

 中でも際立つのが法大総長や斎藤実内閣で司法大臣であった祖父(養子)・小山松吉の兄、高瀬真卿(しんけい)(1855−1924)だ。10代で結婚、新聞記者になり、20歳そこそこで政治小説を発表、民権派としての筆が激しすぎ禁固刑に処せられたり、1年間に23冊を書き飛ばしたこともある。30代で転身、私設の感化院を開設するや、資金獲得のため東奔西走、金持ち家庭の悪ガキを躾(しつ)けるという方針を軌道に乗せてからは宮内大臣に直談判に及び、山縣有朋から義援金、皇后から下賜を得るに至っている。石門心学を取り入れて「感化心学」を講じたり、黒岩涙香から「大偽善者」と批判を浴びたりと、怪しくも行動力抜群の人物であったという。

 もう一人を挙げると、山下氏の脳内に現れては自在に対話を続ける母・菊代の奮闘ぶりも素晴らしい。応接間のピアノを四六時中弾いたり、幼時の洋輔にヴァイオリンのレッスンを課しただけではない。名門・麻布中学に中途入学でねじ込んだり、国立音大に入ってもグアム島の米軍基地に演奏に行き、「キューバ危機」に巻き込まれて帰還した息子のせいで教授に呼び出しを食ったりしている。息子を見守る心の広さには、ついホロリとさせられる。本書のヤマのひとつは、その母の愛器「ホルーゲル」が、いったいいつどこから来たのかだ。驚くべき秘密は、巻末で明かされている。

 評者は、山下ジャズの本質は、「相手を否定しない大きさ」にあると睨(にら)んでいる。怪物ドラマー・森山威男が猛威をふるっても放置して、そのエネルギーを吸収し自己の才能にも着火する。スタンダード・ジャズを軽んじることなく、クラシックにも敬意を失わない。「家系史」をジャズ史とクラシック史の時代背景とも照合しているが、それは家系のみならず音楽史という環境あってこそ自分が育ったと感じるからであろう。

 「親が特別の環境を整えれば、子供は能力をますます伸ばす」。本書がその証拠である。
    −−「今週の本棚:松原隆一郎・評 『ドファララ門』=山下洋輔・著」、『毎日新聞』2015年01月18日(日)付。

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