覚え書:「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『ザ・サークル』=デイヴ・エガーズ著」、『毎日新聞』2015年01月18日(日)付。

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今週の本棚:鴻巣友季子・評 『ザ・サークル』=デイヴ・エガーズ
毎日新聞 2015年01月18日 東京朝刊
 
 (早川書房・2808円)

 ◇現実化する「世論の専制」という悪夢

 本書に書かれているのは、近未来の、アメリカの、インターネット上の恐怖だと思わないほうがいい。今の、日本の、現実に起きていることが描かれている。十九世紀前葉に、早くもフランスのトクヴィルアメリカの民主政治を考察して危惧した「多数派による独裁」「世論の専制」という悪夢が、見えない管理者の手で現実化したのがソーシャルメディア小説『ザ・サークル』の世界だ。

 ネットというツールはそもそも「個人」と「自由」という概念を起点にしているだろう。同時にSNS(ウェブ上の交流サービス)の合言葉は、「つながる」「シェアする」「拡散する」。即(すなわ)ち「連繋(れんけい)」がキーアイデア。前者と後者の理念はどのように反発しあい、融合し、そこにどんな危険が生まれてくるか?

 急成長する西海岸の巨大なインターネット企業「サークル」に、幸運にも転職してきた主人公のメイは、このキャンパスだけが世界唯一の楽園に思える。同社の成功の背景にあるのは、超OS「トゥルーユー」の大ブレイクだ。従来の匿名性を排し、実名登録をルールとし、身元、履歴、口座等、ユーザーの生活を丸ごと管理する。

 全編に古典作の引喩も見え隠れする。同社の三つのモットー「秘密は嘘(うそ)」「プライバシーは盗み」「分かち合いは思いやり」は、『一九八四年』の「戦争は平和」「自由は隷従」「無知は力」という三つのスローガンのパロディだ。ヴォネガットザミャーチンの声も木霊(こだま)している。

 サークル社員はSNS等で個人の活動や意見を社内外に発信していくことが半ば義務。このソーシャル活動への参加度は「パーティランク」として可視化され、個々の投稿やコメントも、その評価や人気が数値やマークになって表れ、自分のあらゆるステータスや情報はシステムの中枢に筒抜けになる。自分の中身が見えやすく透明になっていくほど、価値が上がる社会。経験知の「シェア」が会社、共同体、ひいては国単位でのより良い幸せにつながるという、集合知というより情報集産主義とでも言うべき考えが信奉されているのだ。この信念は次第に狂気を帯びてくる。

 交流、参加、共有、というフレンドリーな言葉を弄(ろう)しつつ、結局は、データと情報の所有者、そのプログラムの操作者の独り勝ちとなる社会構造。この構造は、同社のソーシャルメディアにも、フラクタル的な自己模倣形となって表れている。現実のfacebookにしても「創造性」や「可能性」など耳触りのいい文言でユーザーを釣りこむが、独自の複雑なアルゴリズムはユーザーの目には触れないようになっている。誰もその理論をわからずに使っている、いや、使われているのだ。

 最近の日本は国のトップからして「ヤンキー化」しているそうだが、斎藤環氏によれば、ヤンキーには「ロジックがなくて、ポエムだけがある」とか。夢、愛、気合い。思えば、facebookのユーザー操作と管理は実にヤンキー的だ。一種の反知性主義的な衆愚政策ではないだろうか。

 同種のメディアを広めるサークル社も、現代最高の知性を集めた企業と見せかけながら、徹底してその知性をスポイルし、個人のアイデンティティをすり潰そうとする。ネットは個人の自由をスタート地点とし、「デモクラシー」を標榜(ひょうぼう)しつつ、「つながり」「シェア」しながら、実はモノポリズム(専制)に向かっている。それが作者の警告だ。そして、ネットは社会の鏡。

 で、現在の日本でも本書と似た政策が進行しているのではないか? というのは、冒頭に書いたとおり。(吉田恭子訳)
    −−「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『ザ・サークル』=デイヴ・エガーズ著」、『毎日新聞』2015年01月18日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150118ddm015070029000c.html










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