日記:古典語は八十日、近代語は四週間

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 私は大学の二年目と三年目、四月から六月までの三カ月を語学月間にきめて、ギリシア語とラテン語を独習した。もっとも、一日一課といっても、けっこう時間はかかる。出てくる単語は全部単語帳に書き、最近五日分の単語を藁半紙に繰りかえし書いて覚える。次にその日の分の文法を勉強し、名詞や動詞の変化を暗誦できるようにし、練習問題を忠実にやる。できればその練習問題の例文も暗記する。これだけのことをやると七、八時間はかかるものである。一方で『純粋理性批判』(引用者注 カントの主著、ドイツ語テクスト)を読み、演習の予習をしなければならないから、かなり大変だった。その頃は酒を呑む金もなかったが、よしんばあっても、この九十日間は酒など呑んでいられない。語学学習のコツは、休まず毎日やることである。昨日のことは覚えているものだが、一昨日のことは忘れる。あまり忘れるといやになってくる。だから、うまずたゆまず毎日やるしかない。熱でも出してやむをえず休んだら、仕方ないと諦めてー、初めからやりなおすくらいの気になること、マラソンなどと同じで一種ハイな気分になってきて休めなくなる、その気分をうまく利用するのである。
 私は元来飽きっぽいタチなのだが、英語とドイツ語の独習のおかげでこの頃には変に根気づよくなっており、ギリシア語もラテン語も三カ月でうまく文法をマスターした。ギリシア語の規則動詞は四百くらい変化する。ラテン語は二百ぐらいだが、規則動詞が四種類あってややこしい。こんなものは口で暗誦できるようにするしかない。これに比べれば、最後にやったフランス語の百ぐらいの動詞の変化を覚えることなど、ひどく簡単である。古典語は八十日、近代語は四週間と言うが、本当だと思う。こうして文法を一通りやったら、あとはムリヤリ本を読むしかない。
    −−木田元『わたしの哲学入門』講談社学術文庫、2014年、66−67頁。

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今日で「哲学」の後期の講座が修了。履修されたみなさま、ありがとうございました。
最後の授業でもお話をしましたが、大学で「学ぶ」ということに関して、何らかの目的に連動した「学び」というのをいっぺん、リセットして、ただ「知る」こと、「学ぶ」こと自体が「楽しい」という「学び」を意識的に経験して欲しいと思います。

その最たるものが「語学」の学習だと思います。
今更、ラテン語ギリシア語なんて「学ぶ」意義があるのかと問われれば、それは就職に有利な訳でも、何らかのスキルが身に付くわけでもありませんが、どっぷりと古典語を学んでみるというのもすてきな経験になると思います。

これから長い春休みですが、ぜひ、知ること自体を楽しむ挑戦をと切に願う次第であります。





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