覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『感染症の世界史−人類と病気の果てしない戦い』=石弘之・著」、『毎日新聞』2015年01月18日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『感染症の世界史−人類と病気の果てしない戦い』=石弘之・著
毎日新聞 2015年01月18日 東京朝刊
 
 (洋泉社・2592円)

 ◇他の先進国並み危機意識を

 昨年末、年明け初めての書評について考えているところへ、ニワトリに鳥インフルエンザ感染のニュースがラジオから流れてきた。これまでの体験に基づいて、渡り鳥からの感染を防ごうと、養鶏業者は鶏舎を消毒し、外部から異物が入らないような対策をとっていたというのに、また何万羽ものニワトリが処分されることになってしまった。見えない敵との闘いは鳥だけの問題ではない。昨年は、エボラ出血熱という新興の感染症が西アフリカから流行し始めた。更に、熱帯の病気と思っていたデング熱が東京の代々木公園で発生し、感染媒体とされるヒトスジシマカ退治のために殺虫剤がまかれるという騒ぎもあった。

 抗生物質などの薬品、ワクチン、公衆衛生の進展によって、感染症は抑え込めると思ってきたが、新たな感染症との闘いを意識しなければならない状況になってきたようだ。エボラ出血熱の自然宿主(しゅくしゅ)は熱帯林のオオコウモリであり、そこから霊長類などに感染し、ヒトへと移ったとされる。「森林破壊によって本来の生息地を追われた動物たちが人里に押し出されて病原体を拡散させるようになった」と研究者は指摘する。シエラレオネは国土のほとんどが熱帯林だったのに、今はそれが四%とのことである。デング熱ウイルスの起源は不明だが、この半世紀で世界に広まった理由は、人口爆発と温暖化と言われている。ヒトスジシマカの越冬を許す年平均気温セ氏一一度以上は青森県にまで広がった。しかも蚊は、飛行機でも運ばれる。

 新興感染症は、近代化、環境の変化(人為的な部分が大きい)と深く関わっているのである。もっとも環境変化と感染症の関わりは現代のみではないと、著者は二〇万年の人類の歴史を感染症という切り口で描く。「ピロリ菌」「エイズ」「パピローマ・ウイルス」「インフルエンザ」「ハシカ」「水痘」「成人T細胞白血病」「結核」を例に、病原体(細菌、ウイルス、寄生虫など)が生きものとして宿主と闘い、時には共存して生きのびてきた歴史が克明に語られる。最近ではウイルスゲノムが宿主のゲノム内に入り込むことで進化に関わることまでわかってきた。生きものの世界は複雑だ。

 実は、日本の感染症対策には弱点がある。たとえば、ハシカに対し、日本人はなぜか危機意識が低い。二〇〇八年米国でのリトルリーグ・ワールドシリーズに参加した日本人の少年が発症したハシカが周囲の人に感染し、すでに排除宣言を出していた米国で騒ぎになった。風疹も同じで、感染症はもう怖くないという風潮を変え、ワクチン接種による排除への意識を他の先進国並みにする必要がある。世界は狭くなっているのだから。

 昨年話題の鳥インフルエンザエボラ出血熱もウイルスの変異があり、ワクチンなどによる対処が難しい。とくにエボラウイルスは変異が速く、鳥インフルエンザウイルスの一〇〇倍という恐ろしい値が出ており、空気感染するウイルスが出る危険性もあるとされている。「現在のところ、感染者を隔離するか、逃げ出すしか対策がない」という状態をなんとかしたい。

 今後注目すべきは、中国とアフリカだと著者は指摘する。中国は家畜と人が近くに暮らす習慣があり、一三億四〇〇〇万人という人口が国内外を移動している。一方アフリカは、人類発祥の地であると同時に多くの感染症の生まれ故郷でもある。しかも、近年の開発で、熱帯林から病原体が外へ出ている。第二、第三のエボラ出血熱を想定し、改めて感染症に向き合おうという著者の指摘に耳を貸そう。
    −−「今週の本棚:中村桂子・評 『感染症の世界史−人類と病気の果てしない戦い』=石弘之・著」、『毎日新聞』2015年01月18日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150118ddm015070022000c.html










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