覚え書:「読書日記:今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん 火傷を負う「慰安婦」問題」、『毎日新聞』2015年01月20日(火)付夕刊。

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読書日記:今週の筆者は社会学者・上野千鶴子さん 火傷を負う「慰安婦」問題
毎日新聞 2015年01月20日 東京夕刊

(写真キャプション)社会学者 上野千鶴子さん=東京都三鷹市の大沢の里水車経営農家で、徳野仁子撮影

 *12月9日−1月19日

 ■帝国の慰安婦朴裕河著・2014年)朝日新聞出版

 ■日本占領とジェンダー(平井和子著・2014年)有志舎

 ■パンパンとは誰なのか キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性(茶園敏美著・2014年)インパクト出版会

 ■慰安婦問題(熊谷奈緒子著・2014年)ちくま新書

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 日本と韓国のあいだに刺さった脱(ぬ)けない棘(とげ)……それが「慰安婦」問題である。

 1991年の金学(キムハク)順(スン)さんの証言から20年余。事態は当時より悪くなった。そこに再び火に油を注いだのが、昨年の朝日新聞慰安婦」報道検証と謝罪である。日本人が「ふつごうな真実」を忘れたいと思っているところに、たとえ報道検証という形であれ、この問題が国民世論の争点に再浮上することそのものは歓迎したい。なぜなら問題はこじれているのに、解決の要請は待ったなしだからである。

 この問題について避けて通れない書物の日本語版がついに出た。朴裕河(パクユハ)さんの「帝国の慰安婦」である。韓国では元「慰安婦」の名誉を傷つけたとして出版差し止め訴訟が起きた論争的な書物である。前著「和解のために 教科書・慰安婦靖国・独島」(平凡社)にわたしは「あえて火中の栗(くり)を拾う」と題した解説を書いたが、本書もそのとおりの本、それより自ら「火中に入る」ごとき本である。書き手も読み手も火傷(やけど)を負わずにはいない。朴さんは、このなかで、日本人にとっても韓国人にとってももっとも触れられたくない過去、忘れたい事実について書く。それは戦前、朝鮮半島のひとびとが「日本人であった」こと、もっと正確に言えば、むりやり「日本人にさせられたこと」である。「祖国」だった日本が「敵国」に変わった韓国の公式記憶を逆なでし、植民者であった日本の後ろめたさを甦(よみがえ)らせる。「慰安婦」とそれを動員した人々は「対日協力者」だった。それも「強制的」な。

 同じことを占領期の日本もまた征服者たちにした。「自分の女」を米軍兵士に差し出したのだ。平井和子「日本占領とジェンダー」と茶園敏美「パンパンとは誰なのか」という2冊の注目すべき歴史研究は、日本人が忘れたい過去をていねいに掘り起こす。ナショナリズムのもとでは相手が「敵国」に変わらない限り、日本人「慰安婦」も、「占領軍慰安婦」も「パンパン」も性暴力被害者として名のりをあげることができない。

 20年の間に付け加わった要因は、アジア女性基金と支援団体の果たした役割への評価である。韓国側の不信感と日本側の政策の失敗は双方に深い傷を残した。若い研究者、熊谷奈緒子による「慰安婦問題」は、目配りのよい好著である。91年には学生だった世代から見れば、この20年の歴史はこう見えるのか、という感慨がある。アジア女性基金の当事者もまた、「デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金」(青灯社)で自ら情報発信している。

 それにしても、「慰安婦」がいかに報道されたか以上に大切なのは、「慰安婦」とはいったい何だったのかという歴史的事実のほうだ。それを知りたければ日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会編の「Q&A『慰安婦』・強制・性奴隷 あなたの疑問に答えます」(御茶の水書房)が役に立つが、本書に述べられた事実とSAPIO編集部編の「日本人が知っておくべき『慰安婦』の真実」(小学館)とのあいだにある、とうていあいいれない歴史認識のギャップを目の前にすると、20年前には抑制された夜郎自大プロパガンダ本が大手の出版社から刊行される時代の保守化に気が滅入(めい)る。朝日新聞社は社内改革の方針を掲げたがそのなかの「多様な言論を尊重します」という項目が、たんに「保守派の言論にも紙面を割きます」という、中立を装った「両論併記」にならなければよいが……と憂慮が先に立つ。どの新聞媒体にとっても、他人事(ひとごと)ではないだろう。

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 筆者は上野千鶴子、福地茂雄、綿矢りさ松家仁之の4氏です。

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 ■人物略歴

 ◇うえの・ちづこ

 東京大名誉教授、認定NPO法人「ウィメンズアクションネットワーク」理事長。「おひとりさまの老後」など著書多数。 
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150120dde012070003000c.html





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