覚え書:「書評:ブルース 桜木 紫乃 著」、『東京新聞』2015年1月18日(日)付。
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ブルース 桜木 紫乃 著
2015年1月18日
◆悪徳が匂う男を描く
[評者]千石英世=文芸評論家
二〇一三年に『ホテルローヤル』で直木賞を受賞した著者の新作である。受賞作もそうだったが、本作も北海道・道東の小都市を舞台とした短篇連作の形をとっている。どの一篇から読んでも楽しめる。しかし通読すると、それぞれの一篇が鎖の輪になって他の篇と繋(つな)がり鎖状になっていることが解(わか)ってくる。これは受賞作もそうだった。小説技巧として高度のものだ。受賞作ではその繋ぎ目が土地だった。道東のうらぶれたラブホテル。本作でその役割を果たすのは、人物である。影のある男性でニヒルな魅力を湛(たた)えた異性愛者、本作全体の主役でもある。
極度の貧困地域に生まれ落ち、手に障害があった。左右の手指が六本あったのだ。少年から青年になる段階で激痛に耐えてそれを五本にした。そして裏世界からなり上がってゆき、ついには表世界の実力者へと着地する人物、影山博人。土地の実力者になってもスリムで性的魅力を失わぬ男性。読者はこの影のある人物を映画なら誰に演じさせようかと心ときめかせながら読み進めるだろう。悪徳の匂いを漂わせている二枚目。
本作にも受賞作と同様、作者一流の性愛描写がある。そして、土地の匂い、身体の毀損(きそん)、階級という暴力。これらは憎しみを生む契機だ。文学は憎悪の器、そして悲しみの器でもあった。作者の新たな方向性を示唆する新作だ。
(文芸春秋・1512円)
さくらぎ・しの 北海道釧路市生まれ。作家。著書『氷平線』『恋肌』など。
◆もう1冊
桜木紫乃著『ラブレス』(新潮文庫)。道東の開拓村で極貧の家に育った姉妹がどう生き抜いたかを描く長篇小説。
−−「書評:ブルース 桜木 紫乃 著」、『東京新聞』2015年1月18日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015011802000170.html