覚え書:「耕論:連続テロの底に ベルナールアンリ・レビさん、内藤正典さん」、『朝日新聞』2015年01月20日(火)付。

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耕論:連続テロの底に ベルナールアンリ・レビさん、内藤正典さん
2015年1月20日

 イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をきっかけとしたフランスの連続テロ。多文化共生が求められるはずのグローバル時代、国家統合という壮大な実験が続く欧州で起こった衝撃的な出来事をどう見るか。今後の課題は何か。

 ■宗教への批判は絶対の権利 ベルナールアンリ・レビさん(フランスの作家・哲学者)

 表現の自由にはもちろん限度があります。人種差別や殺人の呼びかけ、反ユダヤ、名誉を傷つける表現などは、フランスでも法律が禁じています。ただし、宗教への配慮はその枠内にありません。

 政教分離の下で、宗教を批判することは絶対の権利です。個人への攻撃、差別、侮辱にならない限り許される。1905年の法律が国と教会の分離を定めて以来の、明白な原則なのです。

 フランスは、ボルテール封建制や教会の不寛容と闘った18世紀の思想家)や、ラブレー(権威を風刺した16世紀の作家)の伝統、批判精神を受け継ぐ国です。信者には信仰の対象であっても、宗教とて他のイデオロギーと変わりません。法の前では横並びです。

 例えば「シャルリー・エブド」の1面に描かれたムハンマドの絵は、法的に何の問題もありません。フランスを統治するのはシャリア(イスラム法)ではなく共和国の法制ですから。ムハンマドでもキリストでもモーゼでも、誰を描こうが構いません。

 そもそも預言者を描けないというのは、絶対的な規律ではない。シーア派内やイランで描かれたことがあった。宗教的な視点からもあいまいなルールといえます。

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 <風刺は仏の神髄> 連続テロと「9・11」を比べると犠牲者の数が2桁違いますが、国民感情の高ぶりは同じです。一人ひとりの米国民、仏国民に、そして民主主義を愛する人々に大きな衝撃と動揺をもたらしました。

 シャルリーは、風刺や猥雑(わいざつ)だけの小さな新聞ではありません。政治批評に優れた目を持ちます。つまりボルテールらの価値観を体現しており、ある意味でフランスそのもの、エスプリの神髄です。「私はシャルリー」という言葉が広まったのは、フランスが襲われたという自覚ゆえでしょう。ただのスローガンではなく、シャルリーと自己の同化です。

 チョウの羽ばたきのような、わずかな動きが地球規模の変動を招く「バタフライ効果」に似ています。多分この新聞を知らなかったケリー米国務長官が、仏語で「私はシャルリー」と言った時、私はそんなことを考えました。

 フランス人によるテロだったことも衝撃です。欧州には多くはないがジハーディスト(イスラム聖戦士)がいて、私たちは街で日々すれ違っているかもしれない。ただし貧困が彼らを聖戦士にするという見方は一面的です。今度の容疑者程度の境遇はよくあります。困窮者すべてが過激化するわけではないし、過去のテロリストには金持ちもたくさんいました。

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 <冷静に向き合う> イスラム過激派は、民主主義に宣戦布告しました。それは受けるしかない。テロの源に出向いて、「イスラム国」なりアルカイダをたたくほかありません。

 ドゴール以降のフランスにとって正念場です。第2次大戦時のチャーチル英首相のように、指導者は国民に真実を語らねばいけません。我々は長く恐ろしい試練のとば口にいると。そして、その試練には冷静に立ち向かうべきだと。とりわけ「愛国者法」のワナにはまってはならない。

 9・11後に米国が犯した過ちを繰り返さないことです。CIAが認めたように、グアンタナモ収容所も拷問も、組織的な通信傍受も無力でした。例外的な手段は取らないと肝に銘じたいものです。

 欧州は二正面での戦いを強いられています。過激なイスラム主義と、ロシア大統領による「プーチニズム」です。プーチン氏は虚栄と強権のリーダーであるにとどまらず、欧州連合(EU)を揺さぶり、壊したがっています。

 実際、EUは内部から解体しかけている。フランスを含む多くの国で極右のポピュリスト政党が台頭していることは、欧州の後退、内向き志向を物語ります。欧州統合の夢が死にかけている。この流れは止めないといけません。

 政治家やメディア、国民はまずテロリズムに対して立ち上がるべきです。方法は無数にある。街頭に繰り出す、シャルリーを買い、脅しをはねのける。特別号は空前の700万部を刷るそうですが、個々のフランス人が負った傷はそれほど深いのです。もちろん「私もシャルリー」です。

 (聞き手 特別編集委員・冨永格)

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 Bernard―Henri Levy 48年生まれ。パリ5月革命世代を代表する知識人。イスラム過激主義に詳しい。歴代政権に近いほかメディア露出も多く、BHLの略称で呼ばれる。

 

 ■西欧の原理を押しつけるな 内藤正典さん(同志社大学教授)

 「シャルリー・エブド」は14日に発売した特別号にも、預言者ムハンマドの風刺画を載せました。日本のテレビ局はムスリムイスラム教徒)に見せて感想を聞いていたが、見せることによる暴力性を考えていない。あの絵は侮蔑的なものではなかったが、それは非ムスリムの解釈で、預言者を嘲笑してきた同紙が何を描いても、ムスリムの嫌悪は消えません。

 フランスでも人種や民族への侮辱は表現の自由として認められないが、宗教は冒涜(ぼうとく)を許される。厳格な世俗主義を国是とし、公共や言論の場は非宗教的だから、神や預言者を風刺するのは権利だと考える。しかしムスリムにとって、ムハンマドは自分の心身と一体化している存在。預言者を嘲笑されることは、自分を否定されるように感じる。彼らがヘイトだと受け取っている以上、差別なんです。心底見たくないものを見てから議論しろというなら、暴力です。

 フランスは第2次世界大戦後、旧植民地から大量の移民を受け入れました。移民1世は生活に必死で信仰実践に熱意はなかった。しかしフランス国籍をもつ2世、3世のイスラムへの回帰が目立つようになると、フランス社会はひどくいらだった。フランス的な自由から逃避して、信仰に邁進(まいしん)することが理解できないからです。

 だが若者にしてみれば、多くが社会的・経済的に底辺に滞留し、「自由・平等・博愛」など実感できない。彼らは移民のイスラム共同体で初めて自由や平等を知り、愛されていると実感したんです。

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 <怒りを胸に秘め> イスラムに聖俗分離の概念はなく、信仰実践を個人の領分にとどめない。女性はスカーフやベールをかぶって公の空間に出る。スカーフはイスラムの教えに従うもので、頭髪などに羞恥(しゅうち)心を感じる人はかぶる。だがフランスは、これをイスラムのこれ見よがしなシンボルとして排除しました。フランスの原則に異を唱えると、即座に激しい批判に直面することを移民は思い知らされました。

 外に目を向ければ、中東の情勢がきわめて悪化している。フランスに居場所がないのなら、イスラム国などの戦闘的ジハード(本来は「信仰を正す努力」)の呼びかけに応じようとする若者が出てくる。だが、それはフランスのムスリム500万人のごく一部です。大多数のムスリムは、信仰を否定される怒りを胸に秘めたまま、フランスで生きています。

 2001年の米同時多発テロ以降、欧州では反イスラム感情が高揚した。だがイスラム排斥の論理は国によって違う。フランスは同化圧力が強く、国民戦線のような極右に限らず、共和国の原理に従わないなら出ていけという。オランダは多文化主義で同化を求めない。排外主義者はむしろリベラルを自任していて、イスラムは抑圧的な宗教だから排除しろという。

 とはいえ、今回の事件をきっかけに「表現の自由を守れ」「反テロ」という論理で一色になる可能性は高い。テロとの戦いとして中東で軍事力を行使すれば、テロリスト以外のムスリムの命も奪う。すでにシリア、リビアガザ地区で多くの市民の犠牲が出ている。

 中東は崩壊の危機にあり、ムスリムの殺戮(さつりく)に欧米諸国は加担しています。シャルリー・エブドの犠牲者を追悼する大行進に、ムスリムに犠牲を強いる国の指導者が参加したことは、オランド政権の失策でした。テロを根絶するには、中東の安定化が不可欠。欧州のムスリム移民は、自分たちの国での生きづらさから、怒りの矛先を中東にも西欧にも向けています。

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 <共存の道を探れ> 西欧とイスラムは、パラダイム(構成原理の体系)が違う。西欧、特にフランスでは神から離れることで自由を得た。イスラムでは、神と共にあることで自由になれると考える。神の法が認める範囲では欲望を満たし、人生を楽しむことが許されるからです。

 パラダイムが異なる両者は「共約(きょうやく)不可能」な関係にあり、一方の原理を押しつけても他方には通じない。暴力の応酬を断つなら、パラダイムの違いを認識した上で、一から共存への道を探っていくしかない。啓蒙(けいもう)が西欧の普遍的な価値だとしても、圧力でイスラムが変わることは決してありません。

 (聞き手・尾沢智史)

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 ないとうまさのり 56年生まれ。一橋大学教授を経て現職。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。著書に「イスラム戦争」「イスラムの怒り」など。
    −−「耕論:連続テロの底に ベルナールアンリ・レビさん、内藤正典さん」、『朝日新聞』2015年01月20日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11559549.html


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