覚え書:「オピニオン:「イスラム国」邦人人質の衝撃 臼杵陽、小川和久、野中章弘、ピエール・ラズー」、『朝日新聞』2015年01月22日(木)付。

5_3

        • -

オピニオン:「イスラム国」邦人人質の衝撃 臼杵陽、小川和久、野中章弘、ピエール・ラズー
2015年1月22日

(写真キャプション)「イスラム国」の旗を掲げ、装甲車両に乗る男たち=ロイター

 ■「積極的平和主義」の覚悟問う 臼杵陽(うすきあきら) 日本女子大学教授(中東現代史)

 発生するのは時間の問題だったと人質事件発生にあたって感じました。「イスラム国」は日本について「十字軍への参加を志願した」としましたが、それは小泉純一郎政権による自衛隊イラク派遣以来の行動を指していると私は考えます。安倍晋三首相が掲げる「積極的平和主義」は、こうした日本の動きのはっきりした延長線上にあると「イスラム国」はみなしています。

 今回の中東訪問で「イスラム国」に対抗し、中東諸国への人道支援を発表しました。こうした支援策は「イスラム国」からすると自分たちを明確に敵対視したものとなる。

 先制攻撃にも出るアルカイダと違って、「イスラム国」の行動の大きな特徴は「攻撃された場合の防御」という点です。昨年来のアメリカ人ジャーナリストたちの「処刑」も、空爆行動に対抗したものでした。

 映像公開や身代金要求は、日本政府が中東外交で新たなプレゼンスを国際的に誇示したこのタイミングを計って打ち出したものに違いないとみられ、日本の動きに対応するために、人質の「処刑」などの行為に踏み切っても、日本が責任をとらねばならないという理屈となります。

 よく指摘されるように、中東を植民地統治した西欧と違って中東の対日感情は良好で、その土台の上にエネルギー外交を重ねる形で日本はアラブとイスラエルとの間でバランスをとった中東外交を進めてきました。その中東世界が特に2000年代に入って大きく様変わりしています。

 「アラブの春」以降、その変化はさらに大きくなっており、アルカイダから離れた「イスラム国」の台頭は、こうした変化を象徴するものといえます。それにもかかわらず、日本外交には「日米同盟」以外のはっきりした旗印は、見当たらないままです。

 今回の人質事件は、中東世界が液状化しているといえる新たな時代に対応する中東外交政策を、日本が打ち立てる必要性を示しています。と同時に、集団的自衛権行使の問題も含め、中東関与のあり方を再検討する局面に来たことを改めてつきつけています。

 日米同盟の名の下に中東まで踏み込む「積極的平和主義」を続けるなら、テロ勢力を敵に回す可能性はそれだけ増していきます。その点について政権も国民も、本当にその覚悟はあるでしょうか。それこそが問われています。

 (構成・永持裕紀)

 

 ■論じるだけの危機管理、脱却を 小川和久(おがわかずひさ) 軍事アナリスト静岡県立大学特任教授

 これは従来型のテロではありません。新しい形の「国家」、ないしはそれに準ずる組織による、新しい形の戦争行為と位置づけるべきです。

 従来のゲリラやテロと似ていますが、それとは質も狙いも違う組織が相手です。

 通常、反政府ゲリラやテロ集団の多くは民衆の支持を得るため、イメージが損なわれるような行為にはためらいがあります。しかし「イスラム国」にはそれがありません。人質を使った、インターネットの動画を通して世界中に広める行為は、彼らのイメージ戦略でもあります。一般の支持は得られなくても、1万人のうち10人の、強固な支持者がいればいい。中には金持ちもいるでしょう。

 まず日本政府が行うべきは、なにより人質を救出する可能性を各国と探ること。そのための情報収集を進めることです。発生後、安倍晋三首相はイスラエルで「情報を共有する」と語りました。的確な対応でした。蛇の道は蛇といいますが、当該地域で一番緊張を強いられている国に情報を求めたのは正解です。

 今後、さらにこうしたことが起きることを覚悟し、彼らがその気にならないような危機管理の態勢を作ることが必要です。しかし現実には、外から見た日本は、政府も企業もほとんど何の対策もとっていないに等しい状態です。

 政府機関の会議室は盗聴防止の対策がほどこされておらず、私はこれまで何回も、政府関係の会議で叱ったことがあります。テロ対策の会議なのに携帯電話の持ち込みが禁じられていなくて、外国の関係者が私にクレームを言ってきたこともありました。外国の危機管理の専門家は「日本はNATOだ」と言います。「ノー・アクション、トーク・オンリー」の略です。行動はしない、論じるだけだ、と。

 一国の外交と安全保障と危機管理は、世界のどこに出しても通用するものでないといけません。世界水準かゼロか、の世界です。「アラブの春」で中国政府はリビア在住の中国人4万数千人を10日間で脱出させましたが、アルジェリアの日本企業が襲われたとき、日本は政府専用機を出すのに6日もかかりました。

 中長期的には中東の文化、異文化の理解を深めることが大事です。遊牧民と現地語で親しくやりとりしたり、地元の人と下世話なことも気軽に話せたりする水準まで引き上げていくことも必要です。

 (構成・編集委員 刀祢館正明)

 

 ■アラブ社会の怒り、日本にも責任 野中章弘(のなかあきひろ) 早稲田大学教授、アジアプレス・インターナショナル代表

 1983年からアフガニスタンパレスチナパキスタンなどの中東、イスラム社会を長く取材してきました。その経験から今回の「イスラム国」による人質事件への日本政府の対応をみると、日本の外交力が非常に弱くなっていると感じます。

 日本人がターゲットになるのは当然予測できました。このようなときのために外交官は、常日ごろから部族長といった地域の有力者との親交を持っていないといけません。しかし、2004年にイラクでボランティア活動家の高遠菜穂子さんら3人が誘拐されたときも、日本政府の交渉は十分機能しませんでした。

 こうした土着の実力者とのパイプづくりが必要だったのに、日本の外交官は東京の本省ばかりみているのではないでしょうか。

 アラブ社会から日本がどう見えているのか、という視点も重要です。

 「イスラム国」やアルカイダは、100%われわれの理解を超えたテロリストにしか見えません。なぜ欧米や日本がターゲットにされるのか。安倍晋三首相は今回の中東訪問で、地域全体に新たに約2940億円相当の支援を表明しました。

 しかし、例えば昨年パレスチナイスラエルから受けた攻撃で、2千人以上が死亡し、このうち約500人は子どもでした。明らかに戦争犯罪ですが、イスラエルの責任は国際社会で問われません。

 今回のような事件では大きな騒ぎになるのに、パレスチナで多くの市民が殺されても日本政府が問題視しているようには見えない。多くの市民、子どもたちが殺されたパレスチナからすれば非常に不条理なことですが、国際社会はイスラエルの責任をまったく追及しようとしない。このようなダブル・スタンダードに対するアラブ社会の怒りを我々は知ろうとしません。

 アフガンで私が取材した高校の先生は、米国の攻撃で子どもを殺されて、生き残ったいちばん下の子に「お前が生きている限り、アメリカに報復しなさい」と言いました。このアフガンの家族からすれば米国の攻撃は国家テロです。このようなイスラム社会にある反発を生み出した責任の一端は、欧米、そして日本にもあるのです。

 「イスラム国」のやり方には激しい怒りを感じますが、軍事力でたたいても対症療法に終わるだけです。事件の背景を根源的に考える必要があります。

 (構成・大塚晶)

 

 ■「根絶」に関係国一丸となれるか ピエール・ラズー 仏軍士官学校戦略研究所部長

 日本人が人質になったのは二つの理由が考えられます。まず、「イスラム国」が世界中のメディアの注目を集めようとしていることです。米国、仏、豪州、日本など、(対イスラム国の)すべての「同盟国」がかかわります。地域や人種に関わらずイスラム過激思想の持ち主の関心を呼び、「戦士」を集めることにつながります。

 二つ目は資金を手にいれること。彼らの資金源である原油の価格は急落しています。だから、身代金を払うと思われている日本が狙われたとみられます。

 日本政府は、欧米諸国と連携して動こうとするでしょうが、同盟国側はこれまでに多数の人質をとられる現実に直面してきました。これまで通りの強い態度をとる戦略に変わりはないでしょう。

 日本はサウジアラビアカタールなどアラブ諸国との関係がよく、「イスラム国」との仲介役を担ってもらえるとみられます。ただし、身代金を払ったからといって、人質になった人たちの命の保証があるわけではありません。

 「イスラム国」は「国家」ではないものの、まるで国家のような論理に基づいて動いています。「国民」を養い、行政的な組織を持ち、経済的な活動もしています。「国」として機能するには常に戦士が必要で、「国民」を支えるのとあわせて資金が必要になります。戦士をひきつけ、交渉をして資金を引き出そうとする。そこがアルカイダとの違いです。

 和平をもたらすには、「イスラム国」を根絶する必要があります。でも、「イスラム国」が力を落とすよう動きながらも、根絶までは考えていない国もあります。

 例えばトルコなどは、「イスラム国」が存在することでシリアやイラクなどとの対抗上、自身に有利になると考えているとみられます。シリアのアサド政権は「対イスラム国」のポーズを見せているものの、「自らの敵」の力を落としてくれる「イスラム国」に対して、実際的な効果は疑わしい。

 本当の解決を目指すには、まずは「イスラム国」につながる国境を完全に閉鎖することです。その後、地上軍の投入が必要になります。欧米ではなく、中東地域のイスラム教国の軍が向かわねばなりません。関係する国々が同じテーブルについて作戦をコントロールするとともに、地域全体の政治についても議論しなければならないでしょう。

 (構成・パリ支局長 青田秀樹)
    −−「オピニオン:「イスラム国」邦人人質の衝撃 臼杵陽、小川和久、野中章弘、ピエール・ラズー」、『朝日新聞』2015年01月22日(木)付。

        • -



http://www.asahi.com/articles/DA3S11563327.html





50

Resize0953