拙文:「読書:坂野潤治『の日本近代史』講談社 平等を無視し崩壊した民主主義 氏家法雄・評」、『公明新聞』2015年01月26日(月)付。

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<階級>の日本近代史
坂野潤治
平等を無視し崩壊した民主主義
東洋哲学研究所委嘱研究員 氏家法雄・評

 著者は近代日本に内在する民主主義の豊かな思想を丹念に掘り起こし、その透徹した実証的なリアリズムで政治史の認識を一新してきた。本書はその「自前のデモクラシー」論の総決算となっている。
 明治維新から普通選挙制の確立に至るその歩みとは、政治的平等希求の軌跡といってよい。農村地主の政治参加のうねりという明治デモクラシーは「国会」を作り、都市中間層の大正デモクラシーが「普通選挙制」を作った。ゆっくりと進む「自前のデモクラシー」は「地味」かも知れないが、それは「革命」にも匹敵する。
 さて、成年男子に限ったものだが政治参加の平等が拡大した昭和デモクラシーは格差是正を課題としたが失敗する。その実現は、戦争遂行のための均一化として総力戦体制下で奇しくも強制されてしまう。「階級」や「格差」を見過ごすことが歪(ゆが)みを招来するのであろう。その捻(ねじ)れは戦後も継承されている。即ち「平和」と「自由」の擁護に熱心なリベラル・革新勢力、「国民の生活」を結果として向上させてきた保守という構造だ。
 戦前日本の民主主義は実際に崩壊した。平等を無視したことがその最大の原因だが、空襲を経験した戦末派の著者は、平等の実現には戦争も独裁も必要ないと言う。平等の確立はどこまでも民主主義の課題であるからだ。
 必要なのは「『平和』の下で『自由』が尊ばれ、『自由』の下で『平等』が重視される」平和と自由と平等の三点セットという「攻め」の創意工夫だ。格差は放置すれば拡大すると喝破したトマ・ピケティの思索が交差する。
 雇用の四割近くが非正規雇用といわれる現代日本は不平等な階級社会と言ってよい。しかし「人間には格差はつきもの」と言われ、社会的不平等は放置されたままである。加えて平和と自由すらおぼつかないのが民主主義の現在だ。日本政治の来し方から未来を展望する本書の警鐘に真摯に耳を傾けたい。(講談社・1620円)

ばんの・じゅんじ 1937年生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。東京大学名誉教授。専攻は日本近代政治史。
    −−「読書:坂野潤治『<階級>の日本近代史』講談社 平等を無視し崩壊した民主主義 氏家法雄・評」、『公明新聞』2015年01月26日(月)付。

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