覚え書:「インタビュー:豊かな地方とは 森田貴英さん」、『朝日新聞』2015年01月30日(金)付。

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インタビュー:豊かな地方とは 森田貴英さん
2015年1月30日

(写真キャプション)「自然農業では、弱っているところに肥料をいれたらダメになる。地方への補助金も同じ」=新潟市、西田裕樹撮影

 地方のまちづくりをテーマにした自主上映の映画が、日本各地でロングランを続けている。山あいの過疎の村で懸命に生きる名もなき人たちを描いた「降りてゆく生き方」だ。安倍政権が掲げる地方創生で、脚光を浴びるまちづくり。住民が幸せに暮らせるまちは、どうすればできるのか。映画を製作した弁護士の森田貴英さんに聞いた。

 ――地域の「まちおこし」を題材にした映画「降りてゆく生き方」が6年近くのロングランです。

 「昨年、5周年記念上映会を各地でやりましたが、ここまで続くとは思っていませんでした。主演の武田鉄矢さんからは『売れる要素がまったくない』と言われましたからね。10万人以上に見ていただけるとは」

 ――どういう映画なのですか。

 「配給会社を使わず、宣伝も一切しないで口コミで広げています。ネタばれになるので詳しくは言えませんが、開発のために土地を買収するよう会社から命じられた団塊の男が主人公です。都会から過疎の村に入って画策するうちに、そこで懸命に生きる人の姿にいつしか心を動かされ、会社を裏切って地域の『まちおこし』を応援する。そんな話です」

 ――宣伝もしないとは。どうやって上映を続けたのですか。

 「自分のまちでも上映したいと声を上げた人を、私たち映画スタッフが手助けします。決まったひな型はなく、会場の手配やチケットの販売は主催者にお任せ。それぞれのやり方でやってもらっています」

 ――なぜ映画をつくろうと?

 「私はもともと映画好き。弁護士としても映画の契約や著作権がらみの仕事にかかわってきました。映画ビジネスのプロという自負はあります。2006年に友人が映画製作を思い立ち、手伝ってくれと言われたときは、大ヒット作にする意気込みでした。それが変わりまして……」

    ■     ■

 ――なぜ変わったのですか。

 「映画づくりの過程で、自分の中でモノの見方が一変したんです」

 ――どういうことですか。

 「もともとは堺屋太一さんの小説を下敷きに、団塊世代が退職して地方の商店街を再生する、という前向きな映画にするつもりでした。団塊が大量退職する時期で、マーケット的にも『売れる』とはじいたんです。ところが脚本がおもしろくならない。おやじバンドで商店街を盛り上げるなんてウソっぽくて。そこで自分たちでリアルなストーリーをつくろうと、各地のまちづくりを見て歩いた。それが転機になりました」

 ――転機?

 「長野県小布施町を訪れたときのこと。歴史と文化、伝統に裏打ちされた街並みの美しさに心をうたれたんです。資本主義やグローバル経済を信奉し国際派弁護士をめざした私は、それまで日本の歴史、文化などには一切興味がなかった。小布施のまちづくりの立役者の市村次夫さんと会って、考えが変わりました。日本の地方にはすごい資産がある。すごい人がいる、と思い知りました」

 「その後、地方を回り、人に会い続けました。200人ぐらいかな。実にユニークで魅力的なまちづくりが各所にありました。北海道浦河町精神障害者の地域活動拠点『浦河べてるの家』の取り組みには、本当に驚きましたね。そこで当初とは正反対の内容の映画にしようと決意したんです」

 「堺屋さんの小説では60億円のファンドで商店街を再生させる、という結末でした。お金を使って『登っていく』という解決の仕方です。それを、お金に頼らず、地域にあるものを大切にするまちづくりに目覚める、というストーリーにした。いわば『降りてゆく生き方』に未来を託すという内容です」

 ――「降りてゆく」というのは、後ろ向きな印象がありますが。

 「まったく違います。もとは『べてるの家』の精神障害を持つ人たちの言葉ですが、初めてこの言葉を聞いたとき、私の頭に一つの絵が突然浮かんだのです。高山列車で山を登っている。ふと振り返ると、背後に広大な大地が広がっている。そのなんと豊かなこと! このまま一本道を登るか。豊かな大地に降りていくか。降りていこう、と私は思った。上がる、下がるではない。方向を変えるんです」

 「自然栽培で農業をする。酒をつくる。自然の木の良さをいかした家を建てる。全国で出会った人は、大量生産と一線を画し、自らの信じる技術や伝統を生かした仕事をしていました。たとえばそうしたものを生かす地域おこしです。日本中、同じようなショッピングモールをつくることはない。『降りてゆく生き方』で訴えたかったのは、規模は小さくても多様性のあるまちづくりです」

 ――主演の武田さんからも「売れない」と言われた内容で、よく映画化に踏み切りましたね。

 「自分たちが感銘を受けた言葉をちりばめましたが、正直、不安でした。製作者は感動したけれど、観客はどうか分からないですから。ただ、09年4月の新潟市を皮切りに上映を始めたら、評判がいい。地方の中小都市、限界集落から都市まで、様々な場所から上映してほしいという声があがりました。5年前より今のほうが、共感してくれる人が増えている気さえします」

 ――どこがウケたんでしょうか。

 「映画を見に来てくれた人と話して思うのは、経済的な成功とは違う別の選択肢に気づく点でしょうか。地方で生きる人たちの生の言葉から、今まで知らなかった豊かさを知ったと。経済的な成功を求める生き方を否定はしません。私自身、グローバルな世界で成功し豊かになろうと頑張ってきましたから。でも、すべてではない。地方のすごい人から、そう私も教えられました」

    ■     ■

 ――過疎化や高齢化で地方は元気を失っています。

 「地方が寂れているのは事実。日本全体の人口が減っているので、仕方がない面もある。先日、映画の撮影現場だった新潟市で5周年記念上映会をしましたが、撮影時の08年から見ても寂しくなりました。ただ、上映会の翌日、映画にも来てくれた自然栽培の農家の方々がやっているマーケットに行って驚きました。すごく盛り上がっている。自然志向でコミュニティーを大切にする人たちは、確実に増えている気がします」

 ――でもまちが古びて、仕事がなくなれば、人は出ていきませんか。

 「住む人の意識が変わらないとダメでしょう。地方の暗くてボロくて寒い町家は、みんな嫌だと言う。でも、だからこそ歴史的な価値があると気づき、それを『売り』にできたところは生き残っています。マイナスだと思っていたものが、実はプラスなんだと見方を変えれば、地方は変わる。小布施はその好例です」

 ――やっぱりお金は必要だ、という声も聞きますが。

 「映画の取材で新潟県のある村に行ったら、その村を舞台にした映画が撮影中だということで皆さん喜んでました。それはある邦画のメジャー映画になり大ヒットしました。地元ロケの際は経済効果もあったといいます。でも、それは一過性かつ限定的。お金につなげるのがうまい人はもうかるが、地方をあまねく元気にする力はない。お金でまちをなんとかしようと言っている限り、地方は再生しない。お金がなくても楽しく暮らせる環境をどうつくるか。行政が最も苦手なところですが」

 ――安倍政権は地方創生に躍起ですが、効果はあるでしょうか。

 「官僚が頭で考えても、アイデアはでないでしょう。地方で頑張っている有名、無名の人たちに会って話を聞くところから始めてはどうでしょう。小さな成功事例かもしれませんが、地方で自発的に動いている人たちは本物。問題は、政治家や官僚がそれに気づいていないことです」

 ――地方創生は地方の自発性に任せるほうがいいと。

 「大事なのは内発性です。上映会で興味深いのは、たった一人で始めるほうが組織的にやるよりうまくいくケースが多いこと。『やりたい』という個人の思いの強さが、周囲を巻き込み、大きな『場』をつくりだす。まちづくりも同じ。行政は補助金頼みのまちづくりを手掛けるより、志のある人がいたら、邪魔せずに支援するほうがいい。そこにこそ地方再生の芽があると思います」

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 もりたたかひで 映画「降りてゆく生き方」プロデューサー・弁護士 1970年生まれ。専門は企業法務。映画の著作権がらみの仕事も多く手掛ける。「降りてゆく生き方」ではプロデューサーと脚本を担当。

 ■「国が偉い」から転換、内発性育め 中央大学教授・中澤秀雄さん

 安倍政権の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」で驚いたのは、これまで国とは距離を置いてきた「小さくても輝く自治体」がモデルとされたことです。離島ながらIターンの若者を引きつけ、1次産品のブランド化も進めた島根県海士町。IT関係者を山あいのまちに呼び込み、にぎわいを取り戻した徳島県神山町。いずれも2000年代に国が進めた「平成の大合併」に加わらなかった自治体です。

 逆に合併した多くの自治体はいま、旧町村などの調整にエネルギーを割かれ、まちづくりどころではない。合併を促した国が「合併しなかった町をモデルに」という姿を見ると、複雑な思いでしょう。

 地方創生は本来、地域の内部から主体的に起こすべきものです。地域住民がまちの資源を発見し、ビジネスを立ち上げ、お金が地域で回る仕組みをつくる。昭和初期までは地方にそんな機運がありましたが、次第に「国の言う通りにして、補助金や事業を引っ張るほうが楽だし、うまくいく」という風潮が広がりました。国もそのほうが統制しやすい。こうして国、地方の共依存関係が生まれたのです。

 そんな時代に独自路線をとった自治体も少数ながらありました。宮崎県綾町はその一例です。国有林の伐採を拒み、照葉樹林を守って地域の「看板」にする一方、有機農業に力を入れて、観光と1次産業で地域経済を振興しました。住民が自信を持てる内発的なまちづくりを成し遂げ、結果的に先進自治体と言われています。

 より多くの地方がこうした内発性を持つには、どうすればいいか。なにより「地方より国が偉い」「地方で活躍するより世界で活躍するほうが偉い」というヒエラルキー型の思考を転換する必要があります。実はこうしたヒエラルキー型の思考は年配者に根強いものの、若い世代では崩れつつある。世界を回って日本のよさに気づき、地方に戻って地域に密着したまちづくりに汗を流す若者の例は、少なくありません。

 「地方が自ら考え、責任を持って取り組む」との総合戦略の理念は評価できますが、「国が地方に号令をかけてやらせる」という構図は変わらず、地域の内発性とは距離があります。地方主導を促すため、投資基金として地方にお金を渡し、知恵を絞って使ってもらった上で成果を検証する、というのも一案でしょう。

 (聞き手はいずれも吉田貴文)

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 なかざわひでお 1971年生まれ。専門は地域社会学。2009年から現職。著書に「平成史」「環境の社会学」(いずれも共著)など。 
    −−「インタビュー:豊かな地方とは 森田貴英さん」、『朝日新聞』2015年01月30日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11576736.html



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