覚え書:「インタビュー:中国「官僚資本主義」 區龍宇さん」、『朝日新聞』2015年04月02日(水)付。

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インタビュー:中国「官僚資本主義」 區龍宇さん
2015年04月02日

労働団体同士の交流で何度も訪日しています。私の日本の友人は平和を愛し、正義を重んじる人たちです」=香港、村上太輝夫撮影
写真・図版
 習近平(シーチンピン)政権による反腐敗闘争が進む中国。そもそも「腐敗」とはどんな要因で生まれ、広がったのか。隣接する香港で中国の労働現場の実情を探る區龍宇さんは、特権的な共産党官僚たちによる「官僚資本主義」がその源流と指摘する。特権とは無縁な人々の最近の動きを含めて、働く者の視点から中国をどう見るか聞いた。

 ――中国の市場経済体制を、あなたは「官僚資本主義」と名付けていますね。

 「社会主義を掲げながら実際は資本主義をやっている。しかも官僚が地位と権力を利用して利益を得ている。そこに着目しました」

 「1980年代の思い出ですが、広東省にある父の故郷に帰るとき広州駅に降り立ったら、宿泊客勧誘のために大勢群がってきました。みんな『招待所』と書いた看板を持っていました。政府や国有企業が付属施設として持っていた内部用の宿泊所のことです。それを一般客にホテルとして開放して、稼ごうとしたのです。この姿が官僚資本主義の出発点でした」

 ――公有財産を使って金もうけに励んだわけですか。

 「官僚、つまり共産党員や政府幹部たちは、もともと特権的に何かを占有していました。食料や不動産などですね。毛沢東時代は勝手な商売はできなかったからそれらをお金には換えられず、『招待所』では休暇を優雅に過ごせただけ。マルクス流にいえば『使用価値』にとどまっていました」

 「ところが改革開放後、それを売り払ったり、元手にして稼いだりすることができるようになると資本に化けました。これが官僚たちが支配する『官僚資本』です」

 「文化施設を運営する役人はバー、ディスコを経営し、消防局は防火機器を売りました。政府機関が会社を設立し、薄熙来事件のあった重慶市では、警察がつくった警備会社が高収益を上げていました。そんな会社を官僚が親族に経営させることも多く、もうけは関係者や一族の懐に入りました」

 ――公私混同ですね。

 「中央は何度も禁止規定を出しましたが、効果はなかった。経済改革を急げというかけ声の下に、大手国有企業も子会社をたくさんつくって同じことをしました。90年代には国有企業民営化の動きが全国に広がり、その過程でさらに多くの国有資産を、官僚やその親族、仲間たちが手にしたのです」

 ――腐敗の根っこにはこの構造がある、と。反腐敗を進める習近平政権は「官僚資本主義」を破壊しようとしているのでしょうか。

 「表向きは正しいことをしているようにみえますし、最近は法治を強調しています。でも、腐敗防止のために、党幹部や公務員たちの資産公開制度をつくる気があるかといえば、ないでしょうね。結局は自分の配下でない者や対立する者を弾圧する手段として、反腐敗を使っているだけです」

 「毛沢東の言葉遣いをまねる習氏は社会主義者のように見えますが、金融市場改革や自由貿易協定締結は官僚資本主義にとって都合のよい環境作りと私はみます」

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 ――特権的な官僚たちの対極にいる労働者に、あなたは寄り添ってきました。もっとも最近は賃金水準が上がり、生活条件が改善していると聞きますが。

 「地方都市でも、飢えた人を見かけなくなったことは確かです。しかし貧富の差の拡大は深刻で、賃金が上がったとはいえ最低賃金は低すぎて、成長の成果が反映されているとはとても言えません」

 「労働者にはストライキ権がありません。もともと中国の憲法では『ストライキの自由を有する』とされていたのに、82年制定の現行憲法で削除されました。80年にポーランドで起こった自主管理労働組合『連帯』の運動を知った指導部が、恐れをなしたからです」

 ――共産党が労働者を警戒するとはおかしな話です。

 「89年の天安門事件では、運動の先頭に立った学生が国際的にも注目されました。でも共産党にとって本当の脅威は学生ではなく、一緒に立ち上がり、党官僚の腐敗を批判し、待遇改善を求めた国有企業労働者の方でした。事件後に始まった国有企業の民営化で、彼らは切り捨てられていきました」

 「代わりに、農村からの出稼ぎ労働者が増えました。数年働いて故郷に戻るつもりの労働者だから、ここでがんばる、という発想がなく、団結しなかった。でも、都市に定着した彼らの子どもの世代は農村へ帰る意識がなくなり、都市労働者としてストをするようになりました。これがいま沿海部で起きていることです」

 ――スト権がないのにストをして大丈夫なんですか。

 「地方政府はストを潰そうとしましたが、とても無理なので、道路を塞ぐなど公益を脅かさなければ干渉しないようになりました。経営側も譲歩して、賃金を上げる動きは次第に広がりつつあります。ただ、経営側はずる賢い。社員食堂のおかずの質を落としたり、生産ラインの速度を徐々に上げたりしています。実質的な改善はなかなか進みません」

 「こうした現地の労働現場の情報を私たちは各地から受け取って、中国内外に発信しています。労働者の組織化は、初期段階から労働者の緩やかなネットワークをつくる第2段階へと進んだところです。当局公認の労働組合のほかに労組をつくったら違法ですが、企業内の職場ごとに自分たちの要求をまとめる代表を選び、労働者同士が集まって話し合う行為までは、実は黙認されています」

 「長く農民国家だった中国は、工業化、都市化によって、労働者階級が3億5千万人という多数を占める国家に変貌(へんぼう)し、労働者の力が着実に高まっています。次は第3段階、本格的な組織化です」

    ■     ■

 ――その先にあなたが目指すのは、やはり社会主義でしょうか。

 「そうです。社会主義は誤解されています。スターリンポル・ポトのような独裁権力による暴力は、社会主義の本質とは関係ありません。暴力を通じては良い社会は決してつくれない。それが20世紀の教訓ではないでしょうか」

 「マルクスは実は個人の権利を重視していました。私は社会主義と民主主義とは密接にかかわっていると考えます。組織化された労働者が政治にかかわり、民主主義のルールによって国家権力を監督する政治制度を目指しています」

 ――社会主義では競争を通じた技術革新が起きず、経済が停滞しました。これも20世紀の教訓ではなかったのですか。

 「競争や市場を消滅させるというのも社会主義への誤解の一つでした。民主的な政治制度と計画経済に加えて、市場。この三つがあるべきです。何をどれだけ生産するかいちいち指示する、という計画経済だけですべてを動かすのは不可能。市場を通じ、消費者によって判断させる部分が必要です」

 ――中国にも、現状を変えようと厳しい状況のなかで奮闘する改革派知識人がいます。

 「私はちょっと批判的なんですよ。彼らが主張する『憲法に基づく政治』は、形式民主主義に陥っています。社会保障といった、人々の生活にとってより大切なことをなぜもっと語らないんでしょうか。『自由主義左派』、つまり市民的自由とともに社会的課題を重視する知識人が増えれば労働者の味方になると思うんですが、大きな流れになっていない」

 「知識人が労働者の運動を嫌っています。大衆が知識人を攻撃した文化大革命を連想するからでしょうが、立場を超えた連携によって民主化を進めるべきでしょう。香港でも、行政長官選挙制度をめぐり展開した昨年の雨傘革命で、私たち労働運動に携わる者と知識人の連帯が力となりました」

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 ――連帯が、「官僚資本主義」を変えていくでしょうか。

 「この点で注目すべきなのは、中国で最近、様々な社会運動の芽が出てきていることです。例えば環境保護運動。2007年の福建省アモイでの化学工場建設反対運動は、各地に同様の運動が広がる契機になりました。広東省では10年に広東語放送を減らすとの情報が流れて市民の抗議デモが起き、以来、『広東語を守ろう』という文化運動が続いています」

 「労働運動と同時に、主に若い世代が中心になって進めているこうした様々な社会運動に、私は中国の変化を感じています。こうした人々の動きが中国の現状を変えていく大きな力になるはずだと、期待をつないでいるのです」

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 アウロンユ チャイナ・レーバー・ネット(労工世界網)編集委員 1956年生まれ。高校教師を経て、中国の労働問題をネットを通じて伝える現在の活動に。邦訳著書に「台頭する中国 その強靱(きょうじん)性と脆弱(ぜいじゃく)性」。

 

 ■取材を終えて

 中国共産党は、香港が大陸の社会主義体制を転覆する基地となることを警戒してきたはずだった。その香港に、「いまの中国は腐った資本主義だ、真の社会主義を目指せ」と主張する區さんがいる。そういえば先日、広東の日系アパレル企業下請け工場での労働環境のひどさを告発したのも、香港の団体だった。労働者の力で政治を変えようという彼の信条に同意できない、あるいは現実的でないと感じる人は多いかもしれない。だが、中国社会の不平等がどう形成されてきたのかを解き明かす視点には、学びとるべき価値がある。

 (論説委員村上太輝夫)
    −−「インタビュー:中国「官僚資本主義」 區龍宇さん」、『朝日新聞』2015年04月02日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11683180.html





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