覚え書:「今週の本棚・本と人・『チャップリンとヒトラー』 著者・大野裕之さん」、『毎日新聞』2016年1月31日(日)付。

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今週の本棚・本と人
チャップリンヒトラー』 著者・大野裕之さん

毎日新聞2016年1月31日 東京朝刊


 (岩波書店・2376円)

“笑い”が権力に勝利する 大野裕之(おおの・ひろゆき)さん

 世界中の人々を笑わせた喜劇王チャップリンと、震え上がらせたナチスドイツの独裁者ヒトラー。国際的に知られるチャップリン研究家が、映画「独裁者」(1940年)を軸に両者の闘いを「メディア戦」として克明に浮かび上がらせる。「45年より前に決着はついていた。メディアの毒性をより分かっていたチャップリンが一枚上手でした」。本書でサントリー学芸賞を受賞。演劇、映画界でも活躍する多才な著者だけに、時に謎解きのようなスリリングな展開で引き込んでいく。

 「独裁者」を見たのは小学4年の時。「笑わせて泣かせて、社会風刺もある。子どもながらにすごい作品だなあと思いました」。好きが高じて、大学、大学院でチャップリンを研究。日本チャップリン協会の会長を務める。「独裁者」を巡る対決などは広く知られているが、「包括的、実証的なものはなかった」。執筆にあたり、チャップリン家所蔵の草稿や手紙、新聞の切り抜きなど1万ページ以上を読み込んだ。「20年代からナチスドイツはチャップリンを排除しようと攻撃していた。リアルな戦争の前から闘いは始まっていたんです。映画という新しいメディアの力をヒトラーは分かっていたということですよね」

 4日違いという生年月日をはじめ、「日付のマジック」の考察が興味深い。なかでも「びっくりした」というのが40年のパリ陥落時だ。「ヒトラーが6月23日にパリに入城して世界に権勢を見せつけますが、チャップリンは翌日、たった一人で『独裁者』のラストの演説シーンの撮影に臨んだ。負けたフランスに代わるかのように、真っ向勝負を挑んでいる。こうなると必然的な偶然。歴史のすごさ、面白さを非常に感じます」

 公開後、それまで多い時に1日3回やっていたヒトラーの演説回数が激減したと指摘する。「徹底的にパロディーに仕立てて笑いにされた。普通に演説を見たら笑ってしまいますよね」

 ラジオが主戦場だった時代に、映画に目をつけたヒトラー。テレビに代わり、ネットメディアが席巻し、メディア戦のフィールドが広がる現代社会と重なり合う。「調べれば調べるほど、今のことを書いているような気分になりました」。過去の歴史ではなく、未来を拓(ひら)く深長な示唆に富む。「正面から向かったら権力に負ける。“笑い”が権力に勝利するんです」<文・濱田元子/写真・望月亮一>
    −−「今週の本棚・本と人・『チャップリンヒトラー』 著者・大野裕之さん」、『毎日新聞』2016年1月31日(日)付。

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