覚え書:「売れてる本 日本人はどこから来たのか? [著]海部陽介 [文]最相葉月(ノンフィクションライター)」、『朝日新聞』2016年09月11日(日)付。

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売れてる本
日本人はどこから来たのか? [著]海部陽介
[文]最相葉月(ノンフィクションライター)  [掲載]2016年09月11日
 
■夢託され、祖先の旅を追体験

 この夏、ちょっと残念な知らせが届いた。3万年前の航海の再現実験が失敗したのだ。多彩な研究者や探検家から成るチームを率いたのは、海部陽介国立科学博物館人類史研究グループ長。当時大陸と地続きだった台湾から沖縄に渡った祖先の旅を草舟追体験しようとしたが、黒潮に阻まれたようだ。
 酔狂で行った実験ではないことは本書を読めばわかる。日本は世界でも珍しく遺跡資料が豊富な国。著者はグローバルに捉えられることのなかった資料を世界の遺跡調査や石器の比較研究、DNA解析と重ね合わせ、新たな人類移動説を唱えた。
 概要はこうだ。約10万年前にアフリカを出た現生人類は4万8千年前にヒマラヤで南北に分かれて拡散し、1万年後に東アジアで再会した。日本へのルートは三つ。サハリンを南下する「北海道ルート」、朝鮮半島から対馬を経由する「対馬ルート」、そして「沖縄ルート」だ。
 これは意図的な移住だった。3万8千年前以降、遺跡が突如出現したことがその証拠だ。沖縄の島々で発見された旧石器時代の人骨には豪州のアボリジニーに共通する特徴をもつものもあり、彼らがヒマラヤの南から南半球に下った集団の子孫であることを示唆していた。
 ではどうやって海を渡ったか。今回はその実証研究第一弾だった。著者は黒潮変動史や移住者数シミュレーションなど新たなアプローチも加えて次の渡航に備えているという。また失敗するかもしれないが、それも前進の糧。懲りない面々なのだ。
 世界は二度と戻れぬ覚悟で大海に漕(こ)ぎ出た勇士によって切り拓(ひら)かれた。彼らは孤独ではなかったろう。著者の計画にネット経由で続々と寄付が集まるのを見ると、当時も冒険者に夢を託し、物心両面から支えた人がいたと容易に想像できる。彼らの知と技の粋を集めた当代一の乗り物には草舟を超えるブレークスルーがあったと思うがどうだろう。夢のまた夢と思われた火星が今、目の前にあるように。
    ◇
 文芸春秋・1404円=5刷5万1千部
 今年2月刊行。7月の航海が話題になり部数を押し上げた。「行動する人類学者にロマンをかき立てられた人が多かったのでは」と担当者。
    −−「売れてる本 日本人はどこから来たのか? [著]海部陽介 [文]最相葉月(ノンフィクションライター)」、『朝日新聞』2016年09月11日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016091100003.html








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