覚え書:「書評:夢みる教養 文系女性のための知的生き方史 小平麻衣子 著」、『東京新聞』2016年10月23日(日)付。

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夢みる教養 文系女性のための知的生き方史 小平麻衣子 著

2016年10月23日
 
◆向上心をそぐ抑圧の構造
[評者]川崎賢子=文芸評論家
 出版不況といわれてひさしい。ジャーナリズムも一部の文学賞発表時ににぎわいをみせるだけ。人文学の知は、大学再編の標的とされ、文学部の消滅など、いい話はない。
 資源の乏しい日本が、教育研究を公共の財産として重視した時代は終わった。OECD経済協力開発機構)加盟国のなかで、日本は、国内総生産に占める学校教育費の比率、政府総支出における学校教育費ともに低く、私的負担が大きく、給付型奨学金は発達していない。ノーベル賞受賞の大隅良典氏の「役に立つかどうかという観点だけで科学を捉えると、社会をダメにする」というコメントは重い。
 実学ですら苦しいのだからまして虚学、文学をや、という見方もあろう。大学教育に経済的メリットを露骨に求めるようになってから、反知性主義に拍車がかかったと、嘆く向きもある。
 だがちょっと待って。そこには性差(ジェンダー)の問題が根深く横たわっているのだ、というのが、本書の主張である。
 女性は、読者として学生として、長く文系教養のお客様だった。戦後、新制大学の膨張する過程で女性には文系が向いていると、幻想をもたれた時代もある。だが女性の教養、とくに教養としての文学は「知」とみなされることはなく、専門化や、職業化の道を閉ざされてきた。本書は「教養」という曖昧で都合よくつかわれてきた概念が、女性たちにとって抑圧としてはたらいた近代の歴史を、その構造と心性の両面から掘り起こす。
 吉屋信子野上弥生子が描いた「教養」のありよう。女性投稿者に対する川端康成の「指導」が投稿者の芽をつむ側面をもっていたこと。雑誌メディア、文壇という文学者共同体、そして大学文学部が女性の向上心をミスリードしてきたのではないかという指摘。
 自己実現や出世が可能だとかんちがいして文学の道を選ぶ者がなくなった後で、「ダメをみがく」例が挙げられているのもおもしろい。
(河出ブックス・1620円)
 <おだいら・まいこ> 1968年生まれ。慶応義塾大教授。著書『女が女を演じる』。
◆もう1冊 
 竹内洋著『大学の下流化』(NTT出版)。教育の大衆化で質が低下した大学、大衆に迎合する教養や知識人の実態を指摘する。
    −−「書評:夢みる教養 文系女性のための知的生き方史 小平麻衣子 著」、『東京新聞』2016年10月23日(日)付。

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