覚え書:「今こそ鶴見俊輔 素人の作品、限界芸術と定義」、『朝日新聞』2016年08月29日(月)付。

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今こそ鶴見俊輔 素人の作品、限界芸術と定義
2016年8月29日


鶴見俊輔
 戦後を代表するリベラリストは、くらしと芸術との境界を考え続けた。

 たとえばハロウィーンで街中にあふれるコスプレ、あるいは盆暮れに開かれる世界最大級の同人誌即売会コミックマーケット」。あれは「芸術」なのだろうか。思想家・鶴見俊輔ならば言うはずだ。

 「これは限界芸術だ」と。

 戦後を代表するリベラリストは、漫画をはじめとした大衆文化を愛した。反戦や護憲を強く訴えたのと同様に、「がきデカ」や「寄生獣」の魅力を熱く語った。そんな鶴見が、祭りや民謡、漫才や生け花など、身近な文化を通して芸術について考察した著作に『限界芸術論』がある。

 半世紀前に出版された著作は、「芸術とは、たのしい記号と言ってよいだろう」と始まる。そして、専門的芸術家(玄人)が作り、その分野の体系を知る専門的享受者が親しむ芸術を「純粋芸術」、玄人が企業家と合作し大衆が楽しむ芸術を「大衆芸術」、非専門的芸術家が作り、非専門的享受者が楽しむ芸術を「限界芸術」と位置づけた。いわば素人の作品を素人が楽しむ芸術。「マージナル・アート」からの造語で、周縁芸術、境界芸術の方がわかりやすいかもしれない。

 では、何の境界なのか。

 鶴見は自作解説に「くらしをひとつの領土と見て、そのへりにあたる部分を、いくらか専門化した芸術、学問、政治と見る」と記し、それぞれを限界芸術、限界学問、限界政治として考えてみようと提唱している。限界芸術については宮沢賢治のことばを紹介し、「それぞれの個人が自分の本来の要求にそうて、状況を変革してゆく行為としてとらえられている」と記す。

 鶴見と長くかかわった作家の黒川創さんは「あの世代の進歩的文化人には珍しく、マルクス主義の影響を受けなかったように、イデオロギーにとらわれず、自分の居る場所から一人で垂直に物事を考える人でした」と話す。

 冒頭の通り、現代では、素人の作品を素人が楽しむ場は増えている。機材の進歩により、映像や音楽、工芸などを作るハードルが下がり、ネットの普及は作品発表の場を格段に広げた。限界芸術花盛りに思えるが、多くは素人が楽しむのではなく、一部マニアが楽しむ場になってはいないか。専門的享受者が親しむ純粋芸術のように、くらしから切断されてはいないか。

 2004年から限界芸術をキーワードにした企画展を続けている美術評論家福住廉さんは、すべての文化的ふるまいを「あれもこれも芸術」とすることに疑念を抱く。昨年、新潟で開いた展覧会では自らが限界芸術と思う作品を、玄人素人を問わず展示した。音楽家華道家のほか、地元の町役場を日本画でリアルに描いている老人や、配達で知り合った老人から地元の民話を聞き取る作業をしている郵便局員の作品が並んだ。

 「会期中、これも作品だろうと、クマンバチの焼酎漬けを置いていった老人がいました。さすがにどうかと思いましたが、展覧会を見て触発されて参加してくれたことがうれしかった。他人に熱が伝わり、自らもやってみようと思わせるだけの力を持った作品が芸術だと思いますし、玄人素人問わず、そんな作品を見つけていきたい」

 実は『限界芸術論』は考察半ばで終わっている。鶴見が限界政治と考えたデモ活動に忙殺されることになったからだ。その点、彼自身の「くらしから見る視点」は一貫していた。ならば新しい限界芸術が多く生まれているいま、くらしと芸術との関係性について、私たちが考え続けなければならない。(野波健祐

 <足あと> つるみ・しゅんすけ 1922年生まれ。38年に渡米、翌年にハーバード大哲学科に入学。42年、戦時交換船で帰国。46年、「思想の科学」誌を丸山真男らと創刊。65年、小田実らとベトナム戦争に反対する「ベ平連」を結成し、脱走米兵援助などの活動を展開した。2004年には平和憲法擁護を訴える「九条の会」呼びかけ人に。15年に亡くなるまで、「思想・良心の自由」の信念に基づき、執筆や発言を続けた。

 <もっと学ぶ> 正・続全17巻の『鶴見俊輔集』がある。幅広い活動を関係者の証言をもとに記録するシリーズ「鶴見俊輔さんの仕事」(編集グループSURE)の刊行が今夏から始まった。

 <かく語りき> 「山の頂上に自分がたったと仮定してそこからながめてゆくのでなく、山の裾野の自分の出会った一点から考えてゆく」(『限界芸術論』著者自身による解説から)

 ◆過去の作家や芸術家らを学び直す意味を考えます。次回は9月5日、国語学者大野晋の予定です。
    −−「今こそ鶴見俊輔 素人の作品、限界芸術と定義」、『朝日新聞』2016年08月29日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12532857.html


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