覚え書:「耕論 保護者なき日本 宮台真司さん、白井聡さん」、『朝日新聞』2016年11月25日(金)付。

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耕論 保護者なき日本 宮台真司さん、白井聡さん
2016年11月25日

イラスト・小倉誼之

 「日本が(在日米軍の駐留経費で)公正な負担を払わなければ、日本を守ることはできない」。そんな発言を続けてきたトランプ氏が次期米大統領に就く。同氏の主張は、戦後、米国を「保護者」のように見てきた日本の常識を覆すものだ。日本にとって、危機なのか、好機なのか。

 ■自明の対米従属、愚に気付く 宮台真司さん(社会学者)

 米大統領選でのトランプ氏の勝利は僕が待ち望んでいた結果です。理由のひとつは「対米従属」という日本最大の自明性が崩れること。戦後しばらくは違いましたが、昨今は「対米従属」が自明の理。従属を前提に外務、経産官僚らが米国との近さを競う省庁内の席次争いをし、そこに政治家が依存、メディアや有権者が見過ごす。この愚かさへの気付きにつながるトランプ大統領誕生は、短期的な混乱を生んでも、日本にとって良いのです。

 戦後の日本は吉田茂(元首相)ら経済重視の自由党系が対米従属を選び、鳩山一郎(同)ら国権重視の日本民主党系も対米追従を踏み外せませんでした。憲法9条護持を掲げる左派も同じ。平和主義を掲げつつ安全保障は米国に依存、負担は沖縄に押しつける。見たいものしか見ないご都合主義です。

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 ただ戦後しばらく、対米従属は戦略的でした。米国に軍事を任せて経済に注力する「選択と集中」です。だからこそ当時の共産党が反9条の愛国路線を掲げる一方、対米従属が前提の保守と革新が自民党社会党に合同した。

 1980年代の牛肉やオレンジ交渉ぐらいまでは対米従属の戦略性への自覚がありました。でも90年代には忘却され、「米国についていけばよい」という自明性が政治家も含めた共通感覚になった。

 揚げ句が、96年の日米安保再定義のための共同宣言です。冷戦終了後の日米関係の「見直し」どころか、米国と一蓮托生(いちれんたくしょう)が当たり前になりました。昨今の典型がTPP(環太平洋経済連携協定)。トランプ氏が米国の離脱を表明しましたが、直前まで米国主導のTPP発効が自明とされ、メディアもそう報じていました。日本政府はいまだに「米国を説得する」と自明性に埋没したままで、国会審議もトランプ当選などなかったかのよう。行政官僚制は一度動き出すと、民意を背景に政治家がブレーキをかけない限り止まりません。それを先の戦争で経験した私たちは通商、原発、基地行政で今同じ経験をしています。

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 トランプ氏が選挙戦の主張通り日米安保体制を見直せば、日本は右往左往します。対米従属前提の小役人の権益が崩壊しても、別のやり方を採る政治的資源がない。他のゲームをしようにも、例えば中国との間に信頼醸成がない。

 ひどい秩序でも壊れかけると、混迷した人々が既存秩序にすがろうとする。だからこそ新秩序のビジョンを告げる営みが必要だ――。哲学者のグラムシルカーチが説いた伝統的問題です。ただ新ビジョン共有には時間がかかり、短期的混乱は避けられません。

 それでも僕は「祝 トランプ当選」と言います。一過性の現象ではないからです。米国は軍事プレゼンスを低下させ、中間層分解で民主制を不安定化。分断が進み、人権や多様性尊重という自由主義的価値の盤石さは崩されている。

 トランプ氏勝利は、そんな文脈で起きた野放図なグローバル化に対する揺り戻しです。揺り戻しは早いほど後遺症が小さい。だからブレグジット(英国のEU離脱)に続くトランプ氏当選は良い。クリントン氏が当選していたら、既存の自明性への埋没が続き、問題が放置されたでしょう。

 つまりそれは単なる暴力的ポピュリズムの勝利ではない。野放図なグローバル化がもたらす悲惨さを実感できる米国だからこそ、「自明性の枠内で正しいことを言うだけ」の口舌の徒がノーを突きつけられたと見るべきです。

 クリントン氏と民主党候補の座を争ったサンダース氏も含め、不器用なアウトサイダーに多くの人がひかれ、既存政治の自明性が揺さぶられる。日本の「対米従属」もそう。自明性に埋没した思考停止の蔓延(まんえん)に、気付きが与えられます。今の日本が混乱するのは当然です。絶望的な状況の自覚から始めるのです。(聞き手・高久潤)

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 みやだいしんじ 59年生まれ。首都大学東京教授。専門は社会学。著書に「社会という荒野を生きる」「日本の難点」など。政治から文化批評まで幅広く分析。

 

 ■自立の意志なく、追従露骨に 白井聡さん(政治学者)

 トランプ氏が米大統領選で当選すると、安倍晋三首相は飛んでいきました。「夢を語り合う会談をしたい」と言って。夢みたいなことを言うなよと思いましたね。

 安倍さんは選挙戦中クリントン氏には会った一方で、トランプ氏をスキップしてしまった。それを挽回(ばんかい)したかったのでしょう。飼い主を見誤った犬が、一生懸命に尻尾を振って駆けつけた。失礼ながら、そんなふうに見えました。恥ずかしい。惨めです。それを指摘しないメディアもおかしい。

 米国が孤立主義に振れれば、日本は対米従属から対米自立へと向かわざるを得なくなる。私も早く自立してほしいと思います。ではすぐにそっちへ向かうかと言えば、官邸や外務省にはそのビジョンも意志もないでしょう。だって、見捨てないでくださいご主人様、とやったばかりですよ。

 大統領選中の報道や論議もおかしかった。トランプになったら、ヒラリーだったら、日本への影響はどうだこうだ、と。これは変でしょう。自分たちはこうしたい、というのが一切なくて、米国はどうなるかという読み解きばかり。異様です。何も考えずに米国にくっついてさえいればいいと思っている証拠でしょうね。

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 今後、日本に米軍の駐留経費を100%負担せよと言ってくるかもしれません。いや150%、200%出せ、かもしれない。はたして安倍政権は断れるのか。私は断れるという気がしません。

 そもそも、米軍基地の有無や規模と自立性の程度はほとんど関係ない。ドイツを見てください。巨大な米軍基地がある。それで米国の顔色をうかがうような政治をやっていますか。違いますね。

 沖縄で米軍基地問題がこれだけ軋轢(あつれき)を起こしているのに、なぜ政府は正面から向き合わないのか。

 もし、私が権力中枢にいたら、「日米安保を断固維持するために、なんとかして地元の怒りを静める」と考えます。4月には沖縄でレイプ殺人事件がありました。1995年の米兵による集団暴行事件の記憶もある。内心慌てている米国に、こちらは「日米地位協定ぐらい改定しないとまずい」と持ちかける。その気があれば、強い姿勢で交渉できるはずです。

 でも日本政府はやらない。最強の用心棒を怒らせやしないか、恐れているからでしょう。だから沖縄の苦悩には向き合わずに、とにかく米国のご機嫌をとっている。

 親米保守政権にとって一番大事なのは、米国支配の世界秩序が続くことです。米国に寄りかかっていれば、自分の立場を守れ、変わる必要はない、と思えるからです。

 日本のTPP反対派にはトランプ氏に期待する向きもありますが、楽観していません。「アメリカ・ファースト」とは、TPPなど手ぬるい、米企業のために日本はもっと市場を開けろという要求だと解釈できる。国民皆保険をやめて米の民間保険会社を入れろとか、水道事業を民営化しろとか。こうした要求に抵抗する覚悟が現政権にあるとは思えない。

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 ひたすら対米追従するという日本側の本質は何ら変わっていないのだから、米国の国益追求がむき出しになる分だけ、今後、従属の露骨さはむしろ強まると思います。

 90年前後に冷戦が終わり、敗戦によって生まれた対米従属を続ける必要はなくなったのに、保守政権はその後もそれをやめようとしない。だから私はこれを「永続敗戦」だと名づけました。この構図がなお続く可能性は高い。

 保護者なき日本はどこへいくか、ですか。そもそも日本にとって保護者は存在したのでしょうか。これは国と国との関係です。親分と子分の関係だって、互いに都合がいいから。利害が変われば関係も変わる。もし「愛してくれているから同盟関係にある」などと信じているとしたら、そんなおめでたい国は日本だけでしょう。(聞き手 編集委員・刀祢館正明)

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 しらいさとし 77年生まれ。京都精華大学専任講師。13年の「永続敗戦論」(石橋湛山賞)が話題に。ほかに「戦後政治を終わらせる」「『戦後』の墓碑銘」など。
    −−「耕論 保護者なき日本 宮台真司さん、白井聡さん」、『朝日新聞』2016年11月25日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12674631.html





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