覚え書:「みちのものがたり キリスト街道 青森県 神の子イエスここに眠る!?」、『朝日新聞』2017年07月15日(土)付土曜版Be。

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みちのものがたり キリスト街道 青森県 神の子イエスここに眠る!?
2017年7月15日

写真・図版
「キリスト祭」の日、キリストの墓のまわりでナニャドヤラを踊った村びとたち=青森県新郷村

 ごくありふれた、そのアスファルトの道には、知る人ぞ知る謎めいた異名があった。

 「キリスト街道」

 青森県の南部地方、八戸と十和田湖の中間にある新郷村では、村を東西に貫く国道454号がそう呼ばれている。

 由来はさておき、村人がその名に言いおよぶとき、屈折したニュアンスがにじみ出る。一瞬、伏し目がちになり、はにかむような……。

 人口は約2600人。見渡すかぎり山ばかりの村は、青森県の酪農発祥の地だ。

 6月4日、日曜日の朝のキリスト街道に、信号機がひとつしかない村では滅多に見られない数の車が東西から入りこんできた。それらの車は、年に1度の吉例の行事が催される会場をめざしていた。

 つめかけた数百人の人びとが見上げる高台に、古びた木の十字架がそそり立つ土饅頭(どまんじゅう)がある。その下で、村長を筆頭にお歴々がそろって営まれる行事は、村でもっとも由緒ある三嶽(みたけ)神社の神官の祝詞(のりと)奏上と玉串奉奠(ほうてん)で始まった。

 見ものと言われるのは、踊りの奉納だ。土饅頭をぐるりと囲んだ浴衣姿の村人が、物憂げな唄に合わせて盆踊りのようなステップを踏む。唄は延々と、呪文めいた不可解なフレーズを繰りかえすのだ。

 ♯ナニャドヤラ〜、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラ〜

 今年で54回目を迎える奇祭の名は「キリスト祭」。そもそもなぜ、キリストなのか。

 奉納の踊り手をたばねていた佐藤久美子さん(68)は語る。「ナニャドヤラは、この地方に古くからある盆踊り唄ですが、ここで踊るときは背筋がしゃんとしますね。キリストのお墓の前ですから」

 そう、あの土饅頭にはキリストが葬られているという。約半世紀も続くこの祭りは墓前での慰霊祭のことなのだ。

 キリスト祭で神事を執りおこなった三嶽神社宮司の細川潤八郎さん(68)の説明はこうだ。「ですが、もともと村の者が、そんな伝説を連綿と語りついできたわけじゃあない。あるとき突然、降って湧いたような話だったから、『湧説(ようせつ)』と称しております」

     *

 それは、戸来(へらい)村と呼ばれていた1935年8月にさかのぼる。村人が初めて見る、黒塗りの乗用車が現れ、思いつめた顔つきをした宗教家が降り立った。茨城県磯原町(現・北茨城市)にある皇祖皇太神宮(こうそこうたいじんぐう)の管長で、天津教(あまつきょう)教祖の竹内巨麿(きよまろ)(1875〜1965)とその一行である。

 巨麿は小高い丘に上がり、小笹に隠れた塚を探しあてると、「ここだ、ここだ」と力強くうなずいた。そこにいま、十字架が立っている。

 巨麿の天津教は、宇宙誕生から説き起こす神話体系をつくりあげていた。太古から伝わる神宝として祀(まつ)っていたのが、神武以前の天皇の血統が人類の祖先となり、世界を統治していたとする、超古代史の文献群「竹内文書(もんじょ)」だ。

 竹内文書によると、キリストは、弟を身代わりに立ててゴルゴタの丘での刑死を免れた。その後、戸来村まで逃れ、100歳を超える長寿をまっとうした。塚に埋葬され、遺言書まで残しているという。

 こんな奇想天外な歴史観がいまだに命脈を保ち、伝統行事の由来となっているのだ。

 ■権力者次第で偽史が正史に

 「天地開闢(かいびゃく)」から始まる古事記日本書紀記紀神話は、神々の血脈につらなる神武天皇を初代天皇とする。

 ところが、竹内文書には、神武以前の歴代天皇の系譜が記されていた。しかも超古代の天皇は代々、万国の棟梁(とうりょう)と仰がれ、「天(あめ)の浮舟(うきふね)」という空飛ぶ船に乗って世界を巡幸していたというのだ。

 一般人には理解しがたい歴史観だが、戦前はそれなりの説得力があったらしい。

 天津教は昭和初年、1万数千人の信徒を擁していた。1928年3月、竹内巨麿が、「秘蔵」の文書の封印を解いたとき、公爵や海軍の将官らが立ち会ったとされる。

 新宗教にくわしい日本学術振興会特別研究員の永岡崇さん(35)は、「竹内文書は、そのころ、西洋に影響を受けた物質主義的文化を諸悪の根源としてやり玉にあげ、論壇を席巻した『日本主義』に裏打ちされていた」と論じる。信奉者は、文書で「神国(しんこく)の神秘」が明らかになれば、国民意識の統一と国威の発揚につながると考えていた。

 巨麿は、旧戸来村を訪れた翌年の36年、不敬罪の容疑で逮捕された。水戸地裁では懲役1年の実刑判決を下されたが、大審院最高裁)まで争われ、結局、証拠不十分で無罪を勝ちとっている。

 永岡さんはいう。「この事件で見るべき点があるとすれば、天津教側が、どちらも神話なのに、なぜ、こちらだけ偽りと決めつけられるのかと、皇国史観に真っ向から異議申し立てをしたことです」

 権力の後ろ盾さえあれば、「偽史」のレッテルは、いともたやすく「正史」のそれに貼りかえられる。かつての日本の言論は、そんなどんでんがえしを妄想する偽史のオンパレードだった。

     *

 評論家の長山靖生さん(54)の著書『偽史冒険世界 カルト本の百年』は、日本の近代史の暗黒面に埋もれている珍説奇説の偽史列伝だ。

 なかでも大衆の耳目をひきつけ、論争まで巻き起こしたのは、源義経チンギス・ハーンの同一人物説である。

 火種となったのは1冊の本。24年に出版され、大ベストセラーになった『成吉思汗ハ源義経也(なり)』だ。

 源平合戦の後、源義経は、じつは自害しなかった。蝦夷地へ逃れてアイヌの王となり、さらにモンゴルへ渡ってチンギス・ハーンとなった――という、荒唐無稽にもほどがある内容だった。だが、そのいわんとするところは、満州やモンゴルの支配層は源氏の末裔(まつえい)だから、日本人とアジアの共同体を建設する同胞たりうるということである。

 「日本がなしとげるべき壮大な目標を、架空の過去を捏造(ねつぞう)することで思い描いてみせた」と長山さんは読み解く。

 『成吉思汗――』の著者、小谷部(おやべ)全一郎(1868〜1941)は、日本人とユダヤ人の祖先が同一だとする「日猶(にちゆ)同祖論」も唱えている。

 もっと大風呂敷を広げたトンデモ本もあった。戦時下の42年に出版された、ムー大陸の研究書『南洋諸島の古代文化』は、約1万2千年前に太平洋に没したとされる幻の大陸について、緒言であらまし、こう述べている。「世界人類の起源があり、世界の文化の発祥地でもあるムー大陸は、太古において日本に属する一大島国であった」

 人は願望をかなえるためにウソをつき、そのつくり話を、いつのまにか本気で信じてしまうことがある。歴史の捏造にも同じメカニズムが働いていると長山さんはみる。

 新郷村の人びとはしかし、迷惑がりもせず、キリストの墓を守っている。宗教社会学者で、新郷村の現地調査をしている北海道大学准教授の岡本亮輔さん(38)によると、身元不明の高貴な先祖の墓所には違いないと思い、敬っているのだという。

 「現実か虚構か見わけがつかない『物語』を象徴する舞台。架空のアニメに登場する実在の場所と似たような『聖地』になっています」

 偽史の聖地、ここにあり。

 (文・保科龍朗 写真・外山俊樹)

 ■今回の道

 竹内文書のキリスト日本渡来説を、戦前、世に広めたのは、女性ジャーナリストの山根キク(1893〜1965)が37年に出版した『光(ひか)りは東方より』だった。

 横浜の神学校を出た後、婦人参政権運動に身を投じていた山根は、天津教の存在を知ると、竹内文書に基づいたキリスト研究に没頭するようになった。

 新郷村役場の元職員で郷土史にくわしい永野範英さん(60)によると、当時、旧戸来村を訪ねてきた新聞記者に、「神を冒涜(ぼうとく)する村だ」と散々たたかれたらしい。戦後、キリストの墓は恐る恐る観光資源として認知され、64年から観光協会の主催でキリスト祭を始めた。「昔は八戸から十和田湖へ行くバスが週に1本通るだけで、観光客はいなかったもんだから」と永野さんはいう。国道454号を「キリスト街道」と名づけたのも役場のアイデアだったが、いまいち浸透していない(写真は竹内巨麿、『明治奇人今義経鞍馬修行実歴譚(たん)』より、国立国会図書館蔵)。

 ■ぶらり

 新郷村は、東北新幹線八戸駅から車で約50分。直通のバスや鉄道はない。

 キリストの墓は村役場から西へ約2.5キロの高台にある。周辺は公園が整備され、キリストの里伝承館(電話0178・78・3741)では、キリストの「湧説」の成り立ちを紹介する資料を展示している。かつて村には、厄よけのために赤ん坊の額に墨で十字を書く風習があったそうだ。水曜休館。高校生以上200円。

 キリスト祭は毎年6月の第1日曜日に開催。ナニャドヤラの踊りの他、獅子舞も奉納される。ナニャドヤラは旧南部藩領内に伝わる盆踊り唄。歌詞の意味は諸説あり不明だ。

 キリストの墓から西へ6キロの山中にある大石神ピラミッド竹内文書に関係する「遺跡」。巨岩が点在しているようにしか見えないが、案内板によると、日本には数万年前のピラミッドが7基あるとされ、ここがそのひとつらしい。赤い鳥居が目印。

 ■味わう

 新郷村をうろついて小腹がすいたら、村役場の近くにある「ラーメン亭えびす屋」(電話0178・78・2040)の「キリストラーメン」(580円)=写真=がお薦め。スープは、あっさり系しょうゆ味。地元産の長芋、梅干し、山菜、大葉がトッピングされている。ナルトがダビデの星形だ。

 ■読む

 竹内康裕著『古代の叡智(えいち)「竹内文書」と神秘秘伝の術事』(徳間書店)は、皇祖皇太神宮の現管長が、みずから竹内文書の骨子を明かした解説書だ。祝詞のCD付き。

 山根キク著『キリストは日本で死んでいる』(たまの新書)は、『光りは東方より』の続編となる、戦後に刊行された破天荒なキリスト論。岡本亮輔著『聖地巡礼』(中公新書)は、宗教の信仰の対象だけでなく、パワースポットやアニメの舞台まで、「聖地」とされる場所を巡礼する人びとの心理を分析する。

 ■読者へのおみやげ

 ナニャドヤラの唄のCDとキリストの遺言書手ぬぐいのセットを5人に。住所・氏名・年齢・「15日」を明記し、〒119・0378 晴海郵便局留め、朝日新聞be「みち」係へ。20日の消印まで有効。

 ◆次回の道は、神奈川県茅ケ崎市ラチエン通り加山雄三桑田佳祐……。ミュージシャンを生み続ける小さな町の不思議に迫ります。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S13034019.html


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