覚え書:「世界発2017 インドネシア、かすむ「寛容」 異教徒を攻撃、イスラム強硬派に勢い」、『朝日新聞』2017年07月31日(月)付。

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世界発2017 インドネシア、かすむ「寛容」 異教徒を攻撃、イスラム強硬派に勢い
2017年7月31日

写真・図版
イスカンダル
 
 国民の9割近くがイスラム教徒ながら多様性を国是としてきたインドネシアで、イスラム至上主義を掲げ、異教徒に不寛容な強硬派が存在感を増している。政治への影響力も強めており、穏健な社会を基盤として根付いてきた同国の民主主義の将来に影を落としている。

 ■「知事を追い出す」

 「イスラム教徒を侮辱した知事を許さない。追い出してやる」

 ボルネオ島西部ポンティアナクで6月中旬、イスラム強硬派の全国組織「イスラム防衛戦線」(FPI)の現地支部代表イスカンダル氏(38)は、朝日新聞の取材にこう語った。

 同氏が敵視するのは、ポンティアナクを州都とする西カリマンタン州のコルネリス知事だ。約450万人が暮らす同州で多数派を占める民族ダヤクのキリスト教徒で、ジョコ大統領と同じ政党に属している。

 きっかけは、FPI寄りのイスラム指導者が1月に「不信心者のダヤクは獣以下。天国に行けない」と発言したとの報道だった。怒ったコルネリス氏が「FPIを追い出す」と述べ、対決姿勢を強めているのだ。

 FPIは州内に6千人のメンバーがおり、イスカンダル氏によると、この1年で1千人増えたという。5月後半にコルネリス氏をヘイトスピーチの疑いで刑事告発したほか、大規模な反知事デモを実施し、知事と同じダヤクの若者らの集団とにらみ合いになるなど緊張が高まっている。

 FPIは各地で、自分たちを批判する勢力を攻撃する騒動を繰り返している。

 スラウェシ島南部マカッサルでは5月、FPIメンバー数十人が市民集会を妨害。ジャカルタ東部では6月、FPI指導者をフェイスブックで批判した15歳の少年の自宅にFPIメンバーらが押しかけ、暴行する事件が起きた。

 ■かつては当局が支援

 強硬派が一定の支持を得ている背景に、同国のイスラム教徒の保守化が指摘されている。

 サウジアラビアの聖地メッカへの巡礼者は、2012年から16年にかけて約4割増えた。跡見学園女子大の小川忠教授は「経済成長で増えた中間層は、イスラムに関係する商品を選ぶ傾向が強い。自らの消費欲や娯楽を正当化しやすいからだ」とも言う。

 それだけでなく、強硬派の台頭の原因は、一部勢力が政治目的で利用しているからだ、との見方も強い。

 FPIなど強硬派の影響力に注目が集まるきっかけになったのは、ジョコ氏の盟友であるバスキ・ジャカルタ特別州知事が辞職に追い込まれた事件だった。

 今年行われた同知事選に関連し、少数派の中華系キリスト教徒であるバスキ氏がイスラム教を侮辱したとして、FPIなど強硬派の猛反発を受けたのだ。

 バスキ氏は聖典コーランの一節をもとに「地獄に落ちると(敵対陣営側に)だまされて、私に投票しなくても構わない」と発言。侮辱の意図はなかったと釈明したものの、宗教冒涜(ぼうとく)容疑でFPIに刑事告発され、裁判で有罪になった。当選確実とみられていた同知事選で敗れて任期満了前に辞職。政治生命を絶たれた。

 FPIは1998年、独裁的なスハルト元大統領が退陣した後の急激な民主化を押さえ込むため、警察や軍が後ろ盾になって設立された。だが時代の流れとともに存在価値が薄れ、民主化や改革の推進役と期待された庶民出身のジョコ氏が大統領に就任したことで、当局の後ろ盾を失った。

 代わって支援するようになったのが、野党勢力や一部の湾岸諸国だとされる。メンバー数は非公表だが、関係者によると国内拠点は700以上。過激派組織「イスラム国」(IS)との関係も疑われている。

 立命館大の本名純教授は、FPIをはじめとする複数のイスラム強硬派団体、中華系を敵視する民族右翼団体、資金力のある有力政治家らが連携したのがバスキ氏の事件だったと分析する。「インドネシア政治の転換点。今後の選挙でも同じ手法が使われ、未成熟な民主主義に悪影響が及ぶ可能性がある」と話す。

 ■危機感募らせるジョコ政権「法守らぬやつら、つぶす」

 この状況にジョコ氏は危機感を募らせる。社会が不安定になれば、求心力が揺らぎかねないからだ。投資調整庁が4月に発表した1〜3月の外国直接投資の実績は、前年同期比0・9%増どまり。バスキ氏の問題が起き、民主化をへて穏健な社会を基盤に発展を続けてきたインドネシアの「ブランドイメージ」が低下した時期と重なる。国の発展に欠かせないインフラ整備への影響も懸念される。

 「法律を守らずにデモや集会をするやつらは、つぶす」。地元メディアによると、ジョコ氏は5月、主要紙の編集幹部らとの会合の場で、珍しく語気を強めた。

 6月には国是とする価値観を推進する組織を設立。国是は「パンチャシラ」と呼ばれ、「唯一神への信仰」や「インドネシアの統一」「全国民に対する社会的公正」など5原則からなる。多様性に基づく国づくりを強調して、イスラム至上主義勢力に対抗する方針を打ち出した。7月には国是に反する団体への罰則を定めた政令に署名。19日、FPIと連携を強めるイスラム強硬派団体「インドネシア解放党」(HTI)の解散を決めた。

 ただ、スハルト元大統領が30年以上続けた独裁の正当化のため、パンチャシラの名の下に「個」を抑制し、国家中心主義的な道徳教育を義務化した歴史がある。そのため、ジョコ氏の姿勢が「民主主義に逆行している」と疑問視する声もあり、慎重な対応を迫られている。(ポンティアナク=古谷祐伸)
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http://www.asahi.com/articles/DA3S13064271.html





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