覚え書:「ニッポンの宿題 若者の社会保障:5 重い住まいの負担 川田菜穂子さん、佐藤和宏さん」、『朝日新聞』2017年08月08日(火)付。

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ニッポンの宿題 若者の社会保障:5 重い住まいの負担 川田菜穂子さん、佐藤和宏さん
2017年8月8日

写真・図版
20〜44歳の未婚者で親と同居する人は<グラフィック・上村伸也>

 ■若者の社会保障:5 住宅

 高い家賃が、若い世代の生活を苦しくしています。将来が見通せない仕事も多く、住宅ローンを組むのもためらいます。でも、日本は長らく「持ち家」を推奨してきました。住まいへの公的な支えは、手薄のままでよいのでしょうか。

 ■《なぜ》持ち家偏重、空白の家賃支援 川田菜穂子さん(大分大学准教授)

 30歳未満で、働いている一人暮らしの人の消費支出のうち、家賃や共益費などの住居費は、1970年前後は5%ほどでした。いまは3割近くあります。日本では住まいへの公的な支えはほとんどありませんから、住居費の負担が高まった若い世代は、自分への投資を削り、何かを我慢して、生活を切りつめざるをえません。

 学生時代に奨学金を借りる人が増え、その返済も抱えていれば、生活は厳しくなる。若い世帯の家計を調べると、食費や教養・娯楽費を削り、病院に行かない、年金の保険料を払わないなど社会保障費も抑えています。さらに、若い世代の3割は未婚のまま親と同居しています。好んで実家にいる人もいるでしょうが、やむをえず親元にとどまる人、インターネットカフェなどを拠点に暮らす人は、結婚や子どもをあきらめ、仕事の選択肢も限られることが多い。

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 日本は戦後、国をあげて「持ち家」を推奨してきました。低金利の長期ローンで家の購入を促し、借家からマンションを買い、いずれは一戸建てに。高度経済成長のころから、「住宅すごろく」が人生の標準コースとして宣伝されてきました。容易に「あがり」にたどり着けたのは、ほぼ団塊世代前後の人たちだけです。当時は終身雇用で給料も年々上がり、退職時には一時金が出ることが当たり前で、家の資産価値も上がっていました。借家で暮らす人も、社員寮や家賃補助など勤め先による支援があり、持ち家を買うための資産をつくる余裕がありました。

 でもいまは、非正規が増え、正社員でも収入が減ることが珍しくない、不安定な時代です。それでも、「家は頑張って買うもの」という意識で買おうとする人がいる以上、お金がなくても長期ローンは組めるから、家の値段は下がりづらい。非正規でも「寮つき派遣」のような新たな雇い方は出てきましたが、雇用期間が終われば家も失います。低家賃で暮らせる民間アパートも減っています。

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 いま、住宅ローン減税の恩恵を得られるのは、仕事も所得も比較的安定した人です。収入が極端に少ない生活保護の人には、国から家賃相当分が支給されます。でも、その間で公的な支えが抜け落ちている層が大勢います。ここに目を向け、対策をとるべきです。

 持ち家を推進してきた国は、何も日本だけではありません。高齢期を迎えるまでに家を持ってもらわないと、年金だけでは支えきれないからです。

 同時に欧州では、住宅手当や、建設費を公的に補助して低家賃で入れる住宅(社会住宅)など、家を借りて暮らす人への支えも提供してきました。それでも、近年、特に若者の過剰な住居費負担が深刻です。ロンドンでは、都心部の家賃規制が、市長選挙の争点の一つになりました。一方で、雇用規制の緩和を求める産業界も、住まいへの支援の強化を要請してきました。企業が時期によって雇う数や働く場所を変えるなど、労働力を自由に使おうとすれば、働く人が家を柔軟に確保しやすいしくみが欠かせないからです。

 フランスは、パリなどで住宅の3割は社会住宅にするよう法律で決め、借家に住む若者の多くが住宅手当を受けています。パリ市予算の半分は住宅関連で、日本の公営住宅事業と同じく大きく赤字だそうです。でも、担当する副市長は「家族をつくり、将来の社会の担い手を育てる効果も含めれば、赤字でもほかの事業より効率がいい」と話していました。

 私は、若者にだけ住宅支援が必要とは考えていません。しかし、自立し、家族をつくっていく時期を社会として支えることには、大きな意味があるはずです。

 (聞き手・山田史比古)

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 かわたなほこ 1977年生まれ。専門は住宅政策。共著「若者たちに『住まい』を!」「深化する居住の危機−住宅白書」など。

 ■《解く》公営住宅、もっと入りやすく 佐藤和宏さん(「家賃下げろデモ」主催者)

 「家賃が高い」という実感があっても、「自分が思っているだけでは」で済ませている人がほとんどではないでしょうか。でも、日本には安価で、住宅の広さや耐震性の面で良質な住宅は少ない。若い世代、特に単身者にとっては費用負担が大きい。だから公的に保障してしかるべきです。

 昨年6月、東京の新宿で「家賃下げろデモ」をやりました。この事実を伝えるため、私たちが当事者として動き、問題を「見える化」する。だれもが当事者であることに気づいてもらおう、と。東日本大震災後、脱原発などの路上デモが活発になっていたので、その流れで声を上げました。

 デモでは三つ、呼びかけました。「公営住宅いますぐ増やせ」「住宅手当で家賃を下げろ」「住宅保障に税金使え」です。

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 若い単身者は、基本的に公営住宅に入れません。まずは入居対象を広げてほしいのですが、都市部などでは応募倍率はすでに数十倍です。住宅数を増やさないままなら、ますます倍率が上がる。住宅数を増やすことも必要です。

 住宅手当にあたるものに、「住居確保給付金」があります。でも、もともと就労支援策なので、失業中の人らが数カ月受給できるだけ。働いていても、低賃金の人は受けられるようにすべきです。質が確保された住宅に安い家賃で入れることが大事。まず研究者が「質」を踏まえた目安家賃作りを試みるのがいいかもしれません。

 住宅について何でも相談できる窓口を、市役所などにつくるのも有効でしょう。困っていても、どこに相談したらいいのかさえわからないのが、普通だと思うので。

 デモに対して、ツイッターを通じて批判も受けました。どんな立場の人たちかはわかりませんが、主には「給料が高い正社員として働け」「安い家を探せ」「日本から出て行け」というものです。

 困っている人がなぜ困っているのかという現実に、目を向けていないと感じます。たとえば、企業は社員の福利厚生をスリム化し、安く入れる社宅は少なくなった。安いアパートも減っています。

 家を見つけるのは自己責任だと言うなら、複数の選択肢から自ら選ぶ自己決定が前提のはず。公営住宅の倍率は高すぎて、民間住宅は賃金が低い人の入居を拒む状態で、「自己責任」を問うのは筋が通りません。

 公営住宅も住宅手当も、なるべく多くの人が使えるようにすることが大事です。「制度があってよかった」と実感できる人が増え、納税も納得しやすい。「財政難だから本当に困った人だけが利用できればよい」と言っていると、どんどん社会が不寛容になる。困っている人と困っていない人で線引きするのは、もうやめませんか。

 住宅は、生活の半分くらいの時間を過ごすところだと思います。支援する意味は大きい。家賃やローンの負担が軽くなれば、「住宅のために働く」以外の生き方を選びやすくなります。いまは絵が好きな人がデザイナー半分・アルバイト半分みたいなときに、「家賃を払うためにバイトはやめられないな」となってしまう。

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 私たちの世代にとって、「生活を支えるもの」でまず浮かぶのは「雇用と住まい」です。この2本の柱のどちらか一方でも倒れると、生活が崩れてしまいます。

 だれもが「この社会で生きていていい」と思える社会に、再構築することこそが大事だと考えています。生きづらいのは、自分のせいではないのです。抜本的に政策を変えるには、政治が変わることが必要。政治が変わることで社会はまともになるという感覚を持てるように、これからも声を上げ続けたいと思います。

 (聞き手・友野賀世)

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 さとうかずひろ 1988年生まれ。東大大学院で住宅政策を研究。個人加盟労組「首都圏青年ユニオン」のメンバーでもある。
    −−「ニッポンの宿題 若者の社会保障:5 重い住まいの負担 川田菜穂子さん、佐藤和宏さん」、『朝日新聞』2017年08月08日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13076827.html


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