覚え書:「忘れゆく国で 戦後72年/1(その2止) 特攻、色あせる悲劇」、『毎日新聞』2017年08月12日(土)付。

        • -

忘れゆく国で
戦後72年/1(その2止) 特攻、色あせる悲劇

毎日新聞2017年8月12日

遺影が並ぶ知覧特攻平和会館。研修に参加した男性は「特攻隊員から『覚悟』を学んだ」と言った=鹿児島県南九州市で2017年7月12日、渡部直樹撮影

遺族の痛み、置き去り
 自分の使命を繰り返し問われ、息苦しくなった。私が参加した特攻の地、鹿児島県南九州市での知覧研修。1日目の夜、富屋旅館の大広間で聞いたおかみの講話は、参加者に内省を迫る「自己啓発セミナー」のようだった。

 「知覧は気合を入れるための場所なのでしょうか」。問うと、研修を主催する人材育成会社の山近義幸代表(55)はためらうことなく答えた。「頭を整理したり、心を無にしたり、気合を入れたり、いろんなことに利用されていいんじゃないですかね」

 山近代表は高校卒業後、広島の情報誌の会社などを経て27歳で起業し、企業の採用や新入社員教育の支援に力を入れる。十数年前、取引先が知覧で研修したと聞いて訪れ「犬死にだと思っていた隊員に家族や国への思いがあったことを知った」。富士登山自衛隊体験入隊のように、独自の研修メニューとして売り出せると確信した。「参加した人は会社の新人賞やMVPを取るなど不思議なくらい活躍する」

 山近代表は研修内容が、広島や長崎などの平和学習とは趣が異なることは自覚している。「地元の方には当初、違和感を持たれたが、今は応援していただいている。全部ではないですが」。6年前から南九州市観光大使も務めている。

「美化してもよ」
 遺族はどう受け止めているのだろうか。

 「面白いこっちゃないね」。宮崎県延岡市の自宅で研修のことを伝えると、黒木民雄さん(83)は複雑な表情を見せた。12歳の時、兄の国雄さんは第55振武隊隊長として出撃し、21歳で戦死した。黒木さんにあてた「困った時には兄を思い出せ」との遺書は、研修参加者が訪れる知覧特攻平和会館に展示されている。

 自身も軍人だった父にとって兄は「家門の誉れ」だった。知覧で出撃を見届けた父は帰ってくるなり「兄ちゃんは航空母艦をやっつけたぞ」と誇らしげに報告した。近所の人たちが家に来て「名誉の戦死おめでとうございます」と言った。

 しかし、終戦で全てが変わった。特攻隊は軍国主義の象徴として批判を浴び、「お前んとこの兄貴はバカんことをしたもんじゃね」と言われた。世間の目が嫌になり、兄の遺品を燃やした。息子が死んでも人前で涙を見せなかった母は戦後、「生き残って人並みの生活をさせたかった。嫁をもらってやりたかった」と繰り返した。

 時が過ぎ、特攻隊は美しく描かれるようにもなった。黒木さんは言った。「あんまり美化してもよ。遺族には遺族の思いがある」

「時代が行かせた」

1歳の時、父を特攻で亡くした臼田智子さん。父に語りかけるため、靖国神社参拝を続けている=東京都千代田区で2017年8月10日、丸山博撮影
 今月5日、靖国神社で開かれた講演会に臼田智子さん(73)=埼玉県桶川市=の姿があった。父は知覧の特攻第1号だった第23振武隊隊長、伍井(いつい)芳夫さん。知覧の特攻では最年長の32歳で亡くなった。山近代表が研修でも紹介している。

 約30人を前に演壇に立った臼田さんは、父が特攻作戦に反対していたことを司令官の遺族から聞いたと明かし、「時代が行かせたのだと思う」と語った。

 母は出撃を知って乳が出なくなり、生後8カ月で長男を亡くした。戦後は「家族を守るために行った」と語られるのを嫌い、知人への手紙に「足がなくなり、手がなくなっても帰ってほしかった」とつづった。

 臼田さんは特攻が遺族の悲しみをよそに語られることが増えたと感じている。半面、覚えていてもらえるなら、それでもいいと思うこともある。「きちっと伝えようと思っても伝わらない。それが72年の月日なんでしょう」

 特攻隊が今、なぜ「活入れ」にまで使われるようになったのか。山近代表の言葉を思い出した。「時代が迷いを与えている。知覧に来たら何かヒントがあるように見えますよね」

 国が若者たちを死に追いやった。その事実が年月とともに色あせ、遺族の痛みが抜け落ちていく。時の流れにあらがわなければ、歴史は受け継げないのだろうか。【山衛守剛・38歳】=つづく

 ■ことば

特別攻撃隊(特攻隊)
 1944年10月のフィリピン・レイテ沖海戦以降、劣勢を逆転するために旧陸海軍が編成し、軍用機ごと敵艦に体当たりする作戦を任務とした部隊。約4000人が戦死したとされる。陸軍知覧特攻基地では45年4月に出撃が始まり、17〜32歳の439人が犠牲となった。海軍には兵士が乗り込む魚雷「回天」の部隊もあった。
    −−「忘れゆく国で 戦後72年/1(その2止) 特攻、色あせる悲劇」、『毎日新聞』2017年08月12日(土)付。

        • -


忘れゆく国で:戦後72年/1(その2止) 特攻、色あせる悲劇 - 毎日新聞





Resize9214