覚え書:「特集ワイド 「明治礼賛」でいいのか 政府は来年「150年記念事業」を大々的に計画」、『毎日新聞』2017年02月10日(金)付夕刊。

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特集ワイド

「明治礼賛」でいいのか 政府は来年「150年記念事業」を大々的に計画

毎日新聞2017年2月10日

「明治百年記念式典」で演技を披露する日本体育大学の学生。中央は天皇、皇后両陛下(昭和天皇香淳皇后)。当時の毎日新聞は、「軍国主義復活」を懸念して野党の国会議員の欠席が相次ぎ、国会事務職員が空席を埋めたと報じている=東京都千代田区日本武道館で1968年10月23日
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 来年は明治元年(1868年)から150年。政府は「近代国家への第一歩」を踏み出した年と振り返り、さまざまな記念事業を予定している。しかし、誇れることばかりだったのだろうか。「富国強兵」を推し進めた明治時代と、集団的自衛権の行使を容認する現代。時代の空気感はどうも似ているようなのだ。【沢田石洋史】

外圧の高まりとナショナリズム高揚
 まず、政府の各府省庁連絡会議が「『明治150年』関連施策の推進について」(A4判3ページ)と題してまとめた文書の概要を見てほしい=表参照。

 「基本的な考え方」の一つは「明治以降の歩みを次世代に遺(のこ)す」。もう一つは「明治の精神に学び、更に飛躍する国へ」。作家の半藤一利さんは「これではトランプ米大統領の発想と同じで『ジャパン・ファースト』。ナショナリズムを鼓舞するのは非常によくない」。

 「昭和史」などの著作を通じ、第二次大戦に至る歴史を検証してきた作家は、やがて明治維新を迎える幕末と、第二次大戦に向かう時期には共通点があると言う。外圧とナショナリズムの高揚だ。そして「口当たりのいいスローガンを掲げ、国民の熱気をあおった」ことも指摘する。

 幕末期は長州藩士らが外国人排斥思想の「攘夷(じょうい)」を掲げた。明治政府は「脱亜入欧」へと方針を180度転換し、「富国強兵」に突き進む。陸軍=長州(山口県)、海軍=薩摩(鹿児島県)という軍閥が形成され、日清、日露戦争を戦い、第二次大戦で国土を焦土にした。

 では、現代の日本は? 半藤さんは「政府は、中国や北朝鮮の脅威をことさら強調し、ナショナリズムをあおっており、戦争の芽が育っている」と警鐘を鳴らす。

 明治時代の庶民の暮らしについて、半藤さんは「税金を払うのにどれだけ苦労したことか」と思いをはせる。1873年実施の「地租改正」では、地価の3%(後に2・5%)の税金を納付することが義務づけられ、払えない農民は小作人に転落した。「格差の拡大」である。反発した農民による一揆が各地で起きた。半藤さんは「国家をつくってきた庶民の暮らしぶりは、政府の明治150年に関する『基本的な考え方』に全く反映されていません」と話す。

 薩長史観を批判的に検証した「明治維新という過ち」の著者で、国会議員の勉強会にも招かれている作家の原田伊織さんは、1868年の「神仏分離令」をきっかけに「廃仏毀釈(きしゃく)運動」が全国に広がり、貴重な仏像や寺院が破壊された史実を指摘する。「過激派組織の『イスラム国』(IS)やタリバンがやっていることと変わりはない。『基本的な考え方』には、そうした負の歴史を検証した形跡が見られないのです」

「敵」と「味方」を区別した靖国史観
 明治以来、いまだに尾を引いている問題がある。政治家による靖国神社(東京都千代田区)の参拝だ。討幕運動で命を落とした人を顕彰する国家施設として、前身の東京招魂社が創建されたのが1869年。「靖国史観」の著書がある東京大大学院の小島毅教授(思想史)が解説する。

 「靖国神社万世一系で神聖不可侵の天皇が国家の元首であるという思想に立っています。まつられるのは、天皇のために命を落とした人であり、国家のために死亡した人ではない。そのため維新の立役者だった西郷隆盛は、西南戦争で賊軍として亡くなったのでまつられていません」

 靖国神社とは対照的に、明治以前から日本には、敵味方の区別なく戦没者の菩提(ぼだい)を弔う「怨親(おんしん)平等」という伝統がある。例えば、神奈川県鎌倉市円覚寺鎌倉時代の蒙古襲来で犠牲になった敵味方双方の霊を慰めるために建立された。敵と味方を分ける靖国神社の考え方について、小島さんは「日本古来のものではありません」と強調する。

 閣僚らが、靖国神社に参拝する度にアジア諸国から「歴史を美化するのか」などと批判の声が上がり、友好関係にヒビが入る。

 「歴史を学ぶ意味は正負の両面を多角的に検証し、同じ過ちを繰り返さないことにあります。明治元年戊辰戦争という内戦があり、多くの命が失われた年です。この150年を振り返るなら、今も内戦で苦しむ人たちが世界にいることに、思いをはせる年にしたいものです」。小島さんは、歴史を現代に生かす視点こそ重要と説く。

「良妻賢母」主義に傾いた女性政策
 明治を生きた女性の立場はどうだったのか。同志社大大学院教授の佐伯順子さん(メディア学)は「明治前半までは女子教育の発達や女性解放論の台頭などプラス面がありますが、後半に女性の役割を家事、育児に限定するいわゆる『良妻賢母』主義が強まり、活動範囲はせばめられました。前半と後半の違いを注意深く見る必要があります」と説明する。

 佐伯さんによると、1872年の学制公布で男女とも義務教育を受けられるようになったのは大きな前進だった。政府は、後の津田塾大を創立する津田梅子ら女性を留学させるなどの施策も取った。女性誌が多く発刊され、世間は「女性も活躍する社会に」と盛り上がった。しかし、政府が女性教育に力を入れた目的は、男子の立身出世を支える母親になるため。高等女学校令では、良妻賢母を育成するとの目標が明記され、裁縫、家事など女性だけのカリキュラムが導入された。

 佐伯さんは「この背景に国民皆兵制があります。政治、経済、社会を動かす公的領域が男性中心となり、女性に『銃後の守り』を求める発想から、女性が活躍できる職業は教職や看護職などに限られるようになっていきます」と話す。つまり、男女平等の考え方に基づいた政策ではなかったわけだ。

 「『明治が良かった』と言う女性は少ないはず」と考えているのは、敬和学園大の元教授で女性史研究家の加納実紀代さんだ。実例を次々と挙げた。「集会及(および)政社法」では、女性の政治活動や政治結社への参加が禁止された。新聞紙条例改定で女性は新聞を発行してはならないとされた。明治民法には「夫は妻の財産を管理す」などの規定が設けられた−−。女性の地位の向上を阻むものばかりだ。

 翻って現代。安倍政権は「女性活躍」を盛んにアピールする。だが、加納さんは「明治を参考にするなら、女性は輝けません」と言い切る。少なくとも女性政策は「明治時代から学びたい」と単純に礼賛できる時代ではなさそうだ。

自由民権運動を弾圧、東北を軽視
 明治時代と安倍政権との類似性について、評論家の佐高信さんに尋ねた。「明治政府は自由民権運動をつぶすなど、異論から学ぶ姿勢がなかった。安倍政権も批判には耳を貸さない姿勢が目立っています」。佐高さんは、明治政府側が戊辰戦争で「賊軍」とされた奥羽越列藩同盟の諸藩を「白河以北、一山百文(ひとやまひゃくもん)」と軽視したことを問題視する。自身の故郷は山形県酒田市、「賊軍」とされた旧庄内藩だ。

 「戦死者を葬ることさえ許されなかった旧会津藩をはじめ、明治政府に対する恨みは今も受け継がれています。それなのに明治150年事業を進める安倍政権は、歴史に鈍感すぎるのでは。自治体レベルの事業なら理解できますが、国として進めるのは無理があります」と語る。

 なお、「明治150年」事業を進める安倍晋三首相と、「明治百年」事業を進めた当時の佐藤栄作首相は、同じ山口県出身だ。

 安倍首相に近いと見られている国会議員の中には、憲法が公布された11月3日の「文化の日」を「明治の日」に改めようとする動きもある。佐高さんは「明治に西洋列強の仲間入りをして行き着いたのが、太平洋戦争での敗戦。あの戦争を間違ったものと認識できず、明治から現代まで、ひとつながりと考える人が明治を礼賛しているのです」と批判する。

 政府は今後、「明治150年」に向け(1)明治期の文書・写真などのデジタルアーカイブ化の推進(2)美術展開催など当時の文化や技術に関する遺産に触れる機会の充実−−に取り組むという。「負の側面にどう向き合うのか」との質問に、内閣官房の施策推進室は「具体的な関連施策は関係省庁などが検討を進めている。日本各地で多様な取り組みが進められるよう努める」と回答した。

 この時代をさまざまな角度から見つめ、あるべき将来像を描けるか。一人一人の問題意識が問われる「明治150年」になるだろう。

「明治150年」関連施策の推進について(抜粋)
 ◆基本的な考え方

1「明治以降の歩みを次世代に遺(のこ)す」

・日本は近代化に向けた歩みを進めることで、国の基本的な形を築き上げていった。

・立憲政治・議会政治の導入、技術革新と産業化の推進、義務教育の導入や女子師範学校の設立など女性を含めた教育の充実等、近代化に向けた取り組みは多岐にわたる。

・過去を振り返って見えるものは、未来へのビジョンでもある。近代化の歩みが記録された歴史的遺産を後世に遺すことは極めて重要。次世代を担う若者に、これからの日本の在り方を考えてもらう契機とする。

2「明治の精神に学び、更に飛躍する国へ」

・明治初期から中期を中心に、若者や女性、学術や文化を志す人々が、海外に留学して貪欲に知識を吸収したり、国内で新たな道を切り開いたりした。

・外国人から学んだ知識を生かしつつ、和魂洋才の精神によって、単なる西洋の真似(まね)ではない、日本の良さや伝統を生かした技術や文化が生み出された。

・明治期に生きた人々のよりどころとなった精神を捉えることにより、日本の技術や文化といった強みを再認識し、現代に生かすことで、日本の更なる発展を目指す基礎とする。
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