日記:プレッシャーが強くてセーフティーネットが弱い社会


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 今の日本で生きるのがつらい人が多い原因は、単純にお金がないとかいう問題より、社会を取り巻いている意識や価値観の問題が大きいと思う。今の社会では、生きていると常に外から内カラプレッシャーをかけられているように感じる。
 例えば、
 「大学を出て新卒で就職しないと一生苦労するぞ」
 「ちゃんと働かないと年をとったらホームレスになるしかない」
 「X歳までに結婚してX歳までに子どもを作らないと負け組」
 「人生が苦しいのは自己責任、真面目に頑張っていればそうはならないはず」
 「年金は将来もらえるか怪しいから自分でそなえておかないとやばい」
 「親の介護や子どもの教育や自分の老後のためにX万円は貯金が必要」
 みたいな感じだ。
 なんか、普通とされている生き方モデルがすごく高いところに設定されていて、実際にそれを実現できるのは全体の半数以下くらいの人だけでしかないのに、「真面目にやっていればそれをみんな普通に達成できるはず」というプレッシャーが社会全体に漂っている気がする。しかも、それをうまくこなせずに「普通」から外れてしまった人をカバーしてくれるようなセーフティーネット的な仕組みもあまりなくて、「普通」から外れた人に対する世間の目は冷たいし、自分に厳しい真面目な人が多いから「普通のことができない自分はなんてだめなんだ……」って自分でも自分を追い詰めたりしている。

 要は、多くの人が普通につかいこなせないものを「普通の理想像」としてしまっているから、みんなその理想と現実のギャップで苦しむのだ。そんな現状と合っていない価値観からは逃げていいとおもう。そんな価値観に従うのは自分で自分の首を締めるだけだ。
 そうした価値観に従うことで得をするのは、現在それをなんとか実現できている一部の恵まれたラッキーな人たちと、昔のそうした価値観がそれほど社会の現状とズレていなかった頃に育った古い世代だけだろう。そういう人たちはまあ、自分たち用の「宗教」としてそういう価値観を持っていればいいんだろうけど、レールにうまく乗れない人まで同じ価値観を共有する必要はない。価値観というものはもっと多様なものだし、生き方というのはいろんな方向に広く開かれている。もっといろんな生き方があっていいはずだ。「何故現状と合わない価値観が今の日本で支配的になっているのか?」という理由については、五十年ぐらい前の昔の日本社会では「みんな結婚して会社員の夫の稼ぎで妻子を養って子どもを育てて幸せな家族を築く」という一つの理想モデルで大多数の人間の人生をカバーできていたんだけど、時代とともに社会状況が変化したせいで(少子高齢化や経済成長の鈍化や非正規雇用の増加など)、その枠組みで大多数の日本人をカバーすることが無理になってしまったからだ(社会学者の本田由紀さんの『社会を結びなおす』(岩波ブックレット)という五十ページくらいの薄い本でそのへんの流れがコンパクトに説明されているので興味のある方はどうぞ)。
 変化の速い現代では二十年ごとぐらいに社会状況や人間の生き方がかなり変わってしまったから、みんな親の世代とはずいぶん違う社会を生きることになる。だから新しい社会状況に合わせるために価値観やライフスタイルを次々と更新していかないといけないんけど、今の日本ではその入れ替わりがうまくいっていないのだと思う。古い生き方は一部の人間しか救う力がないのにそれに代わる新しい生き方もまだ力を持っていなくて、古い価値観がいまだに人々にプレッシャーをかけ続けて苦しむ人が増えている。そうだとしたら、現状に合わない古い価値観は徐々に捨てていって、新しい生き方を探っていく必要があるだろう。
    −−Pha『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』幻冬舎、2015年、7ー10頁。

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