覚え書:「論壇時評 選挙を前に 政治は社会に追いつくか 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2017年09月28日(木)付。

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論壇時評 選挙を前に 政治は社会に追いつくか 歴史社会学者・小熊英二
2017年9月28日


 
小熊英二さん=竹花徹朗撮影
 
 選挙になるそうだ。あなたは、どの政党を、どうやって選ぶだろうか。

論壇委員が選ぶ今月の3点(2017年9月・詳報)
 この時評を読む人は、各党の政策を吟味する人が多いかもしれない。だが世の中には、その時に話題になったニュースや、投票所のポスターを見て決める人もいる。町内会や労働組合、後援会などで活動しており、昔から投票先を変えない人もいる。政治はよくわからないが、共産主義は嫌いで、知人が推薦する地元の政治家を信頼するという人もいる。

 ではこうした人は、どのくらいの割合でいるのか。政治学者の三宅一郎が1985年に発表した研究がある〈1〉。

 それによると、政治に知識や関与が多く、選挙ごとに政策中心で投票先を選ぶ人は25%。同じく政治に知識や関与は多いが、支持政党はずっと変えない人は38%。政治知識がそれほどなく、少ない情報で投票するが、棄権も多い人は22%。政治知識はあまりないが、保守的傾向があり、縁故による動員対象になりやすい人は15%だった。三宅はこれらをそれぞれ「消極派」「忠誠派」「無党派」「委任派」と名付けている。

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 これは30年以上前の研究だ。現在では「忠誠派」は減っているだろう。自民党の基盤である町内会・自治会への有権者の加入率は、86年の70%が2014年には25%に減っている。旧社会党民進党の基盤である労組への有権者の加入率も86年の11%から14年の6%に落ちた〈2〉。

 つまり、どちらの固定票も落ちて「支持政党なし」が増えている。しかし、自民党の方がまだ基盤が強い。さらに公明党の支持者が自民党の固定票を積み増しているうえ、野党は分裂しがちだ。

 こうした状況なので、通例の選挙は自民党が勝つ。だが何かの理由で「風」が吹き、投票率があがって無党派票が特定の野党に集中すると、自公の固定票を圧倒してしまう。ただし一度ブームとなった政党は新鮮さを失うので、「風」は一つの政党に原則一度しか吹かない。政治学者の中北浩爾はこの状況を「自公か、『風』か」と要約している〈3〉。

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 地方選挙では別の問題がおきている。投票率が一貫して低下しているのだ。

 政治学者の菅原琢は、投票率低下の一因は移住の増大だという〈4〉。地方選挙の投票率は、同じ地域に15年から20年以上定住している人では約8割にのぼる。だが定住期間が3年未満の人は約4割だ。そして90年と10年の国勢調査を比べると、5年前の居住地が現在と異なる人の割合が、70歳以下の全年齢層で増えている。ヒト・モノ・カネの移動が激しくなるのは現代の不可逆な傾向だ。

 移住者は地域の事情がわからない。町内会や労組に所属することも多くない。地方選挙は報道が少なく、関心があがりにくい。昔なら学校整備や公害対策などで、移住者も地域政治に関わる機会が多かったが、現代の問題である高齢化や子育ては対応が個人化しており、地域として取り組む機会がない。これでは棄権してしまっても無理はないだろう。

 そうして投票率が下がると、高齢定住者を中心とした固定票を握っている側が常に勝ってしまう。地方には、4期16年や5期20年も多選している首長や、オール与党で野党は共産党だけという議会もある。監視や批判が機能せず、縁故主義や放漫財政などの問題もおきやすい。

 一方で移住者は、報道が多い国政選挙や大都市選挙では、ニュースをもとに投票する。その結果、地方選挙では投票率が低下していく一方、国政選挙や知事選では、投票率が乱高下しながら突発的な「風」が吹くことになる。大都市の議会選では、知事の人気に頼った「首長党」が多数派になることもある〈5〉。

 つまり現代日本では、不安定な「風」頼み政権か、低投票率と固定票に支えられたオール与党の超長期政権が出現しやすい。後者は今のところ地方だけだが、国政もそうなっていく可能性がある。どちらも望ましい状態ではない。

 どうしたらよいか。簡単な答えはないが、いくつかヒントはある。

 一つは、有権者の関心に沿う訴えを工夫することだ。遠藤晶久らは、現代の有権者は三つの対立軸を持っているという〈6〉。第一は、自衛隊や安全保障をめぐる対立軸。第二は、女性の社会進出や外国人労働者など、社会的価値観の対立軸。第三は、「小さな政府」や自国優先主義といった新保守主義への賛否だ。だが現状は、第一の安全保障の対立軸が支持政党を選ぶ基準となっているだけで、それも昔より弱まっている。有権者が持つ他の対立軸に、政党やメディアが働きかけていく余地はあるだろう。

 また飯尾潤は、政党のネット対応が古いと指摘する〈7〉。選挙の時だけ、一方的に情報を流す宣伝媒体としてネットを使う傾向がまだ強い。ミニ集会における討議や地域活動といったリアル空間での日常活動とネットを連動させて、対面の双方向性を持たせることが重要だ。

 そもそも、政策をマスコミやネットで提示するだけでは、それを意識的に吟味する25%にしか届かない。前述のように学校整備や公害対策といった昔の地域活動は、移住者を政治に巻き込んでいた。高齢化対策や子育て支援も、政党は地域活動での働きかけをもっと強めてよい。

 いずれも言うは易く実行は難しい。だが現状では、21世紀の社会に、20世紀の政治が追いついていない。いま問われているのは、「合意の技術(アート)」としての政治が、21世紀に生き残れるか否かである。

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 〈1〉三宅一郎『政党支持の分析』(1985年刊)

 〈2〉中北浩爾『自民党』(今年4月刊)

 〈3〉中北浩爾・中野晃一 対談「政党政治の底上げは可能か」(世界10月号)

 〈4〉菅原琢「不安定化する社会に対応できない日本の選挙」(中央公論2015年4月号)

 〈5〉砂原庸介「『首長党』台頭の功罪」(中央公論17年10月号)

 〈6〉遠藤晶久・三村憲弘・山崎新「世論調査にみる世代間断絶」(同)

 〈7〉飯尾潤・佐々木紀彦 対談「SNS時代こそ政党の真価が問われている」(同)

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 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。近著『誰が何を論じているのか』は、本紙・論壇委員(当時)として2013年からの3年間に執筆した毎月の論壇メモと本紙コラムなどを収録。
    −−「論壇時評 選挙を前に 政治は社会に追いつくか 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2017年09月28日(木)付。

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