覚え書:「書評:夜更けの川に落葉は流れて 西村賢太 著」、『東京新聞』2018年02月11日(日)付。

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夜更けの川に落葉は流れて 西村賢太 著

2018年2月11日


◆狂態の末、つかむ<私>
[評者]葉名尻竜一=立正大准教授
 放蕩無頼(ほうとうぶらい)な私生活を披瀝(ひれき)するだけでは文学にならない。メディアから受け取る本人の印象とは打って変わって、小説の言葉は凜(りん)として立っている。西村賢太の作品を統括するのは文体だろう。

 表題作を含む三篇は、どれも作家の分身「北町貫多」の一人称語りによって人間味あふれる愚行が陳列される。職場の上司が新入りのために開いてくれた親睦会で寿司(すし)をたらふくご馳走(ちそう)になりながらその温情を仇(あだ)で返し、誕生日プレゼントを購入したおかげで咽(のど)から手がでるほど欲しかった古書を買いそびれると、腹いせに手を挙げて惚(ほ)れた女の前歯をへし折る。贔屓(ひいき)のラーメン屋で癪(しゃく)にさわって痰(たん)を吐いたせいで出入禁止となったにもかかわらず、美味に後ろ髪引かれて怖々(こわごわ)と再訪する。そこでの店主との駆け引きを描き起こす作家の筆は秀逸だ。全ては飽き足りない気持ちから始まって破格な振る舞いへと至る。挙げ句に身勝手な理屈をこねくり回して己だけを救い出す。

 わが身を振り返れば心当たりもあり身につまされるが、不様(ぶざま)な狂態に映し出された人間の業に悪人正機の教えを重ねたくもなる。仮想世界や仮想通貨など仮想流行(ばや)りの世の中にあって己のことさえ実感しづらい昨今、下降方向の行き着く先で<私>をしかと捕まえようともがく私小説が、世界の片隅に自分の居場所があることを教えてくれる。

講談社・1620円)

<にしむら・けんた> 1967年生まれ。作家。著書『苦役列車』『無銭横町』など。

◆もう1冊
 『藤澤清造短篇集』(新潮文庫)。没後弟子を自任する西村賢太の編で、幻の私小説作家の才を伝える十三作を収録。
    −−「書評:夜更けの川に落葉は流れて 西村賢太 著」、『東京新聞』2018年02月11日(日)付。

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西村 賢太
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