覚え書:「2017衆院選 安倍政権と世論戦略 平林紀子さん、遠藤薫さん、高橋茂さん」、『朝日新聞』2017年10月03日(火)付。

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2017衆院選 安倍政権と世論戦略 平林紀子さん、遠藤薫さん、高橋茂さん
2017年10月3日

写真・図版
グラフィック・岩見梨絵


 安倍政権が長く続いた裏側には、世論を探り、動かしていくためのマーケティングやメディア戦略がある。功罪をどう考えたらいいのか。希望の党小池百合子代表の戦略とは。

 ■受ける政策、パッケージに 平林紀子さん(埼玉大学教授)

 政治は、政治家や政党がサービス(政策や理念)を約束し、有権者がその代わりに票や支持を差し出す。一種の取引関係といえます。

 自分が良いと思うからこの政策を、と押しつける政治家では支持を得られない。自分の政策理念と有権者の望む政治との接点を見つけて、選挙でそれをパッケージ商品として提示する必要があります。

 これが米国で生まれた「政治マーケティング」です。日本では小選挙区制の導入で2大政党の競争が激しくなった頃から注目され始めました。

 安倍晋三首相は第1次政権で、憲法改正など首相の価値観を前面に出すパッケージ商品を示したが、有権者に受け入れられず降板しました。

 第2次政権は景気や雇用を優先させて持論の安全保障は後回しにし、多くの人に受け入れられた。「アベノミクスは実感が伴わない」といわれながら政権が続くのはマーケティングの勝利といえます。

 選挙では、中心に据える理念を定めて、何を巡る選挙なのかという枠組みをつくります。自民党の理念は長らく「平和と繁栄」でしたが、今回の総選挙では「安全と安心」に切り替えました。北朝鮮の脅威への対応と、子育て支援や貧困対策による将来の安心の確保です。後者は民進党前原誠司代表の主張を意識したのだと思います。

 そこに、希望の党の小池代表が「しがらみ政治はダメ」というパッケージ商品で挑んできた。彼女はいつも新旧対決の構図をつくります。細川政権では日本新党郵政選挙では「刺客」、都知事選では都議会との争い。新しくなれば、おのずと問題が解決するかのような「空気」をつくるのがうまい。

 原発ゼロや情報公開など無党派層に受ける政策はあるが、統一感に欠けます。選挙戦までに、党としての理念をうまくパッケージできるかにかかっています。

 一方、安倍首相の急所は「アベノミクスは成功だったのか」という疑問に答えていない点です。「他よりはまし」という理由で自民党に投票した有権者も多かったのに、「実感が遅れているだけ」では説明にならない。約束を売るのだから、その実現まで責任を持つのが本当の政治マーケティングです。

 風頼みで1回目の取引が成功しても、2回目は前回の商品の評価が問われるから、同じ手は通用しません。一流企業はマーケティングで顧客の信頼を勝ち取っています。無党派層が増えて民意が読みづらい今こそ民意と向き合い、対話を重ねるべきでしょう。

 安倍首相も小池代表も今回は「好機だから」と選挙に飛びついた感は否めません。有権者やメディアは政党が提示した商品を吟味し、選挙後に商品に不備があれば、しっかり批判するべきです。

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 ひらばやしのりこ 専門は政治コミュニケーション、現代アメリカ政治。米ハーバード大客員研究員などを経て02年から現職。

 ■不安な国民と共依存狙う 遠藤薫さん(学習院大学教授)

 安倍政権の本質を一言で言うなら、「政権ファースト、自分がメディア」。政権の存続が最優先で、第三者的なメディアは遠ざけ、政権が情報発信メディアになっている。

 そんなメディア戦略の肝といえるのが、政治とメディアがあたかも同じ土俵に立って対立しているかのように見せる点です。米国のトランプ政権と同じやり方と言えます。

 本来、メディアは政治権力者を監視・評価するもの。客観的な立場に立つことで、民主主義社会のインフラとなります。しかし、現在は政権がつくり出した二項対立の構図に惑わされている。政権から「偏向報道」と批判されると、当たり障りのない報道へ自主規制してしまう。そんな姿を見て多くの国民は前回の総選挙後の私の調査に、「マスコミの選挙報道は自民党寄りだった」と回答しました。

 安倍政権は状況の枠組みを政権に都合よく設定する戦略にたけています。巧みな点は争点を無効化し、選択肢を唯一化すること。前回総選挙のキャッチコピーは、「景気回復、この道しかない。」でした。景気拡大期間は戦後3番目になったが、国民の実感は伴っていない。にもかかわらず、解散を表明した会見で安倍首相は「アベノミクスをさらに推進することで解決する」と主張。国民のための経済は争点とならず、アベノミクスへの期待が唯一の選択肢のような空気がつくられました。未来を担保にして現在の絆を強くする。そんな国民と政権の「共依存」の関係ができあがっているのです。

 今回、「国難突破解散」と名付けたのも巧みです。「国難」という旗印は一部の政策の矛盾も見えなくします。森友・加計問題で急落した内閣支持率北朝鮮問題で再浮上しました。少子高齢化などあらゆる課題を「国難」とすることで、国民の不安をあおり「共依存」に持ち込もうとしているようにも見えます。

 また、安倍首相が故郷で墓参りする姿はしばしばメディアで報じられます。これを岸信介佐藤栄作安倍晋三と続く血統を誇示するパフォーマンスとみるのは、うがち過ぎでしょうか。経済格差は拡大し、個人化が進み、自己責任論も強まっている。自由や競争に疲れた多くの先進国の国民には、伝統的な復古主義が受けいれられやすくなっているように見えます。

 小池氏率いる希望の党民進党を一部吸収し、今回の選挙は「政権選択選挙」とも呼ばれるようになりました。しかし、希望の党自民党の政策に大きな違いはなく、選挙後の保守大合同もありえます。小池氏は安倍首相や橋下徹・前大阪市長を上回るメディア巧者です。

 メディアは政治家たちの手のひらで転がされるのではなく、全体の構図を国民にわかりやすく提示して欲しい。

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 えんどうかおる 52年生まれ。専門は理論社会学、社会情報学。編著書に「ソーシャルメディアと〈世論〉形成」など。

 ■ネット自民応援団、先鋭化 高橋茂さん(ネット選挙コンサルタント

 安倍首相は、SNSのフェイスブック(FB)を野党時代から活用する「ネット巧者」です。

 当初は個人の生活や考え方を出して読者に身近に感じてもらおうと努めていました。しかし、民放の報道姿勢を批判するなど個人的な感情で攻撃的な書きこみをして、たたかれた。昭恵夫人も個人的なつきあいを自らのFBに書きこみ、森友・加計問題で野党に格好の批判材料を与えた。

 「共謀罪」や集団的自衛権の解釈変更を巡って疑問や批判の意見が増えてきたこともあり、最近は、当たり障りのない情報しか載せない「政府広報」です。

 リスク管理のためだとは思いますが、SNSで家族を大切にする大統領のイメージを演出したオバマ氏や、次々に自らの主張を出して世論を喚起するトランプ氏ら米国の大統領に比べると、守りの姿勢ばかりが目立ち、物足りない。

 政党のネット戦術はいま、「自民1強」です。野党時代の2010年につくったネットサポーターズクラブは、非党員でも入れるゆるやかなファンクラブで、1万8500人の会員をもつ。自前で情報発信できるネット放送局「カフェスタ」もある。ネットを通じた文字と映像のコミュニケーションを続けて潜在的な支援者を囲っているのです。彼らは、選挙の際、誰に言われるでもなく、党や政権のために行動してくれる。

 自民党はマスコミやネットの情報分析にもたけている。05年の郵政選挙から積み上げてきたノウハウがある。ネット世論はいったん炎上すると、抑えるのが難しいが、日ごろから注意して早めに危機を察知し、素早く対応しています。ここ数年相次いだ2回生議員らの不祥事も、うまくコントロールできている。

 最近、気になるのは、ネットの自民党の応援団の間に、批判を許さない風潮が強まっていること。安倍政権を少しでも批判する人が何を言ってもすべて反論、攻撃する。意見の多様性を認めない危険な風潮といえます。

 顕著に出ているのが、森友・加計問題です。問題の本質は国がなぜ国有地を安く売却したのか、国がなぜ獣医学部の新設を認めたのかという点にある。なのに、問題を追及する野党議員にネガティブキャンペーンをしかけて炎上させ、言論を封じてしまう。どんどん先鋭化する空気を許してしまっているのは、安倍首相自身だといえます。

 今回の総選挙では、今のところ各政党から目立ったネット発信はありませんが、今後、選挙の構図が固まってから、ネット上での戦いも本格化します。有権者やメディアは、各政党が発信する内容に注目すると同時に、踊らされないようにしなければなりません。

 (聞き手・いずれも日浦統)

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 たかはししげる 60年生まれ。2000年の長野県知事選に関わったのを機に政治とネットの世界に。武蔵大学非常勤講師。
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