日記:体当たりという戦法は、天皇陛下の命令として出してはいけない、と上は判断した


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 岩本隊長には、別の苦悩があった。
 陸軍の組織としては、岩本隊長が率いるのだから、『岩本隊』が正式に編成されるのが通常のことだ。そして、特別の攻撃なので『万朶隊』という呼び名が例外として付くという順序だ。ところが、万朶隊全員は、個人としてフィリピンの第四航空軍に配属されることになっていた。このままだと、岩本隊長の下、全員が体当たりをしても、陸軍の正式な記録としては岩本隊ではなく、個人がしたことになるのだ。
 岩本隊長は、これが納得できなかった。
 昨晩からずっと考えてきた結論としては、公式な編成命令によって、『岩本隊』を作っては都合が悪いと上層部は思っている、ということだった。部隊の公式な編成命令は、天皇陛下の名によって出される。つまり、体当たりという戦法は、天皇陛下の命令として出してはいけない、と上は判断したとしか考えられないのだ。天皇陛下が体当たり攻撃のための部隊を編成されるようなことがあってはならない、ということだ。
 けれど、実際に戦場に行けば、全員は部隊として行動する。そして戦死する。その時、陸軍の制式編成記録には、万朶隊の名も岩本隊の名も残らない。ただ、第四航空軍所属の個人の名前が残されるだけだ。
 岩本大尉は、この「巧妙な仕掛け」にどうしても納得ができなかった。
    −−鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』講談社現代新書、2017年、50−51頁。

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