覚え書:「書評:囚われた若き僧 峯尾節堂 田中伸尚 著」、『東京新聞』2018年03月25日(日)付。

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囚われた若き僧 峯尾節堂 田中伸尚 著

2018年3月25日


◆権力犯罪の犠牲者に
[評者]米田綱路=ジャーナリスト
 峯尾節堂は語るに難い人である−。本書の主眼は、著者のこの言葉にある。臨済宗妙心寺派の僧侶だった節堂は一九一〇年、熊野で大逆事件連座し、三十三歳で獄死した。処刑された幸徳秋水や大石誠之助たちに比べて目立たないが、彼の短い人生こそ事件の残酷さをよりいっそう際立たせる。国家にとっては、大逆など無縁の迷える青年の方が、思想犯に仕立てあげて断罪するのに好都合だったのだ。では、なぜ語るに難い人なのか。

 理由の一つは、獄中の節堂がしたためた「覚書」や「我懺悔(ざんげ)の一節」に見られる、あまりに赤裸々な弱さだ。虚実ないまぜと自己弁護、友人をこき下ろす無様さは、読む者を辟易(へきえき)させる。大逆事件の究明に取り組む者を遠ざけてきたのは、高潔さや思想の深さなど微塵(みじん)もなく、およそ宗教者とは思えないその内容だった。だが、彼の卑小さにこそ権力犯罪に打ち砕かれた犠牲者の等身大の姿がある。著者は粘り強い取材で痕跡を探りあて、彼の実像に国家の正体を映し出すのだ。

 自由、平等、博愛の思想を恐れた権力は、それを潰(つぶ)すために節堂たちの人生を奪い、肉親を苦しめ続けた。彼の妻や母の姿を追う著者の筆先は、事件が百年を閲(けみ)した今日もなお未決の課題であり続けることにまで及ぶ。節堂の真の復権は、私たちの社会が思想の自由を守り続けられるか否かにかかっているのである。

岩波書店 ・ 2268円)

<たなか・のぶまさ> ノンフィクション作家。著書『大逆事件−死と生の群像』など。

◆もう1冊 
 中村文雄著『大逆事件と知識人』(論創社)。事件の関係者の小泉三申(さんしん)や同時代を生きた啄木、鴎外、漱石らに言及。
    −−「書評:囚われた若き僧 峯尾節堂 田中伸尚 著」、『東京新聞』2018年03月25日(日)付。

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