覚え書:「日本人の恋びと [著]イサベル・アジェンデ [評者]都甲幸治(早稲田大学教授(アメリカ文学))」、『朝日新聞』2018年04月07日(日)付。

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日本人の恋びと [著]イサベル・アジェンデ
[評者]都甲幸治(早稲田大学教授(アメリカ文学))
[掲載]2018年04月07日

■悲劇をのり越え、信じ、愛する

 愚痴を言うな、人に頼るな。競争社会で勝つために、僕らはそう言われてきた。けれどもそれだけでは生きられない。人に触れ、優しさを与え合うことが必要なのだ。本書はそのことを教えてくれる。
 舞台はサンフランシスコの老人施設だ。東欧モルドバからの移民であるイリーナはここの職員になり、様々な老人たちに出会う。中でも惹(ひ)きつけられたのは、テキスタイルのデザイナーである大金持ちのアルマだった。彼女の秘書として活動するうち、イリーナはアルマの大きな秘密を知る。
 アルマは従兄(いとこ)のナタニエルと結婚していた。しかしそれと並行して、天才的な園芸家イチメイとの愛を半世紀以上にわたって育んでいたのだ。しかも実はナタニエルはゲイで、二人の関係を知っていた。秘密が次々とあばかれていき、読者は息つく暇もない。
 背景となるのは二つの歴史的な悲劇だ。ユダヤ系のアルマは迫害を逃れてアメリカに到着した後、ナチに両親を殺される。そしてイチメイは太平洋戦争時の日系人強制収容で、砂漠の真ん中に送られる。子供時代に出会ってすぐに愛し合った二人は国家の手で引き裂かれ、再会しても人種や階級の壁を越えられない。
 それでも、二人は人目を忍んで愛を育み続ける。その姿に触れて、かつて幼児ポルノの犠牲者だったイリーナの硬い心は溶け始める。再び人を信じたい、と彼女は思う。そしてアルマの孫であるセツの愛をおずおずと受け入れるのだ。
 1973年のクーデターで暗殺されたチリの大統領の姪(めい)であるアジェンデもまた、歴史の暴力に翻弄(ほんろう)されてきた。デビュー作『精霊たちの家』以来、彼女の作品は多くの読者に愛されている。「愛とユーモアでのんびり行くこと、二歩進んで一歩さがるダンス式に進んでいけばいい」というセツの楽観的な愛し方に惹かれた。どんなに辛(つら)い過去があっても僕らは愛し合えるし、家族になれるのだ。
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 Isabel Allende 42年、ペルー生まれ、チリの作家。『エバ・ルーナ』『パウラ、水泡(みなわ)なすもろき命』など。
    −−「日本人の恋びと [著]イサベル・アジェンデ [評者]都甲幸治(早稲田大学教授(アメリカ文学))」、『朝日新聞』2018年04月07日(日)付。

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