覚え書:「【東京エンタメ堂書店】<小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリー」、『東京新聞』2018年03月26日(日)付。

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【東京エンタメ堂書店】
小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリー

2018年3月26日


 春休み。卒業や、学年が終わって、次の始まりを待つ季節。そして、宿題がないので、じつは読書の秋よりも、じっくり本を読むには最適の季節。さあ、この春、時間を忘れて一気読みしたいミステリーを読んでみませんか?

◆輝く永遠の名作

 <1>アガサ・クリスティーそして誰もいなくなった』(ハヤカワ文庫、八二一円)

 定番中の定番ですが、ミステリーといえば、やはりクリスティー。近年も、次々と映画化、ドラマ化され、さらに読者を増やし続けています。

 最初の一冊なら、孤島に集められた十人が、マザーグースの童謡になぞらえて一人また一人と殺されていく本作を。クローズドサークル(閉鎖された空間)での、見立て殺人(童謡や言い伝え通りに事件が起こる)という設定が効いています。巻末の解説で、赤川次郎さんが<一番好きな作家で一番好きな作品。こんな本が書きたいという目標。>とまで書いている代表作です。

 わたしも中学時代にクリスティーに夢中になり、名探偵ポアロの登場する『アクロイド殺し』では、最後の一行で驚きの悲鳴をあげました。また可愛(かわい)いおばあちゃん探偵、ミス・マープルも大好きです。『パディントン発4時50分』に出てくる数々の料理など、英国文化や生活の描写も魅力的で憧れました。

◆日常に謎解きを

 <2>北村薫『空飛ぶ馬』(創元推理文庫、七七八円)

 主人公の女子大生「私」が探偵役の落語家の円紫さんと「日常の謎」を解いていくシリーズ一冊め。五つの短編が収められています。

 殺人など派手な事件は起こりません。ごく普通の人たちの日常生活、そこで起こるちょっとした心の変化、すれ違い、小さなつまずき、または気遣いを描いていきます。

 「砂糖合戦」では、喫茶店で三人の女の子たちが、それぞれの紅茶のカップに七、八杯も砂糖を入れるのを見て、その理由を推理していきます。謎解きのスリルは、日常のいたるところで探せるんですね。

 そして、主人公の「私」がチャーミング。少年のようなショートカットで、やせっぽち。少し古風でお母さんを「母上」と呼び、落語と読書が大好き。こんな友達がいたらいいなと思わせてくれます。

 わたしは表題作の「空飛ぶ馬」が一番好きなのですが、主人公は最後にこう言います。<解く、そして、解かれる。解いてもらったのは謎だけではない。私の心の中でもなにかが静かにやさしく溶けた。>

 この本を読み終わった時、まさに同じ気持ちになれる温かなミステリーです。

◆少女の甘い悪夢

 <3>皆川博子『倒立する塔の殺人』(PHP文芸文庫、七四一円)

 舞台は、第二次世界大戦終戦前後の東京のミッションスクールです。少女たちの友情と愛憎。そして、その果ての殺人事件が描かれます。

 でも、その殺人事件よりも恐ろしいのは、淡々とした戦争描写です。食糧難からの飢え、学徒勤労動員による軍事工場での作業。空襲によるサイレンや爆撃。戦争に行ったまま帰らない父親。家族や友人のあっけない死が、リアルに迫ってきてゾッとします。

 でも、そんな中でも、少女たちは防空壕(ごう)で「美しく青きドナウ」を歌い、ダンスを踊り、本を読み、画集を眺め、ノートを回して小説を書き継ぎ、憧れの女生徒にスミレの花束を贈ります。極限状態でも、いや、それだからこそ、人は、芸術や憧れを求める。芸術や憧れとは、干からびた心を水のように潤してくれる、必需品なのだとわかります。

 甘く美しい悪夢を見ているような、幻想的な読書体験をぜひ。

 <こばやし・みゆき> 児童文学作家。『作家になりたい!(3)』(講談社青い鳥文庫)発売中。
    −−「【東京エンタメ堂書店】<小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリー」、『東京新聞』2018年03月26日(日)付。

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東京新聞:<小林深雪の10代に贈る本>読書の春にミステリー:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)



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