覚え書:「書評:美の日本 「もののあはれ」から「かわいい」まで 伊藤氏貴 著」、『東京新聞』2018年04月29日(日)付。

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美の日本 「もののあはれ」から「かわいい」まで 伊藤氏貴 著

2018年4月29日

◆あいまいな精神性の本質
[評者]長山靖生=思想史家
 本書のタイトルは「美しい日本」というスローガンにちょっと似ている。だが、国民意識の鼓舞や文化的自己満足といった意図とは、まったく無縁の本だ。そもそも日本の固有性が語られる際に、宗教や哲学や政治ではなく「美」が取り上げられることが多いのはなぜなのか。日本特有の「美」はあるのか。あるとしたらそれはどんなものか。本書は、漠然とした「日本美」の本質を問う。

 「美」の側面が強調されるようになったのは、主に日本美術に関心を示した西洋からのまなざしに起因しており、そうした文脈を利用する形で、岡倉天心ら明治前期の知識人も、日本人論を展開してきた経緯があった。

 さらにその背景には、日本独自の宗教や道徳といったものの確認の難しさもあった。仏教は外来の宗教であり、武士道は階級限定の道徳にすぎない。それでも「江戸しぐさ」のように架空の道徳や歴史を捏造(ねつぞう)するよりはましだとも、著者は指摘する。「美」がいちばん日本全体を肯定的に語れる要素だった実情が透けて見えてくる。

 では千数百年にわたる諸時代に現れた「もののあはれ」「幽玄」「わび」「さび」「いき」などの美意識全体を貫く、「日本ならでは」の価値観はあるのだろうか。著者は本居宣長、大西克礼(よしのり)、九鬼周造らの研究を検証しながら、その見え難い差異と本質に迫る。

 宣長にとって「もののあはれ」は、そのまま「やまとごころ」だった。それは主客未分(一体感)のうちに多様性を受け入れ、移ろいやすいもの、未完成で不完全なものにも進んで美を見出す気持ちにほかならない。

 消極的な積極性とでもいうべきものが、全時代の日本的美意識に共通しており、それは現代の「かわいい」にまで通じると著者は指摘する。構えた議論や制度的規範規定ではなく、美意識が一種の倫理として機能してきた日本独特の精神性を思い出させることが、たぶん本書のもうひとつの主題だ。

 (明治大学出版会・2484円)

 <いとう・うじたか> 1968年生まれ。文芸批評家。著書『告白の文学』など。

◆もう1冊 
 四方田(よもた)犬彦著『「かわいい」論』(ちくま新書)。日本発の「かわいい」を二十一世紀の美学として位置づけ、その構造を分析する。
    −−「書評:美の日本 「もののあはれ」から「かわいい」まで 伊藤氏貴 著」、『東京新聞』2018年04月29日(日)付。

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