覚え書:「風俗画―日常へのまなざし [責任編集]高橋明也 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2018年05月05日(土)付。


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風俗画―日常へのまなざし [責任編集]高橋明
[評者]横尾忠則(美術家)
[掲載]2018年05月05日

■感覚全開で絵の一部になって!

 ここに一冊の画集がある。いきなり解説文を読むのは後廻(あとまわ)しにして、目垢(あか)のつくまで絵を凝視して妄想し、脳から言葉と観念を排して感覚を全開、肉体ごと絵の大海に没して、絵の一部になってもらいたい。
 以上の儀式が終われば、解説文に目を落として結構です。解説文にとらわれると、知識の範疇(はんちゅう)からあなたは自由を束縛される。
 紹介する画集は『風俗画』である。風俗産業の風俗と勘違いして秘宝館を連想する人などはいないという前提で、話を進めよう。
 ギリシャ、ローマに端を発し、ルネサンスを経て、その全盛期は印象派時代を頂点とする風俗画。本書は(1)社会のなかの虚実(2)家庭と日常生活(3)情熱とエロティシズムの3章を通して、画家を取りまく時代と社会を足場にしながら、自由奔放に風俗の表層から深淵(しんえん)に。肉体ごと対峙(たいじ)した作品は、儀式的鑑賞力によって芸術的感性があなたの中で達成されたはずである。
 本書では中世から近代のピカソまでの作品が前記のテーマに従って、かなり珍しい作品にまで視野を広げて西洋の風俗画の歴史を一望できるよう編集されている。われわれは、これらの絵画を通して人類の歴史と絵画の遍歴を体感できる。
 本書の冒頭に掲載されているピーテル・ブリューゲル(父)は「大人の愚行を子どもの遊びを通して」描いているが、この絵の中の情景は本書の他の作品の源流でもあり、頁(ページ)を捲(めく)るごとに主題を変えて様々に展開する。
 (2)の家庭と日常生活の章では、日常生活の安逸なつつしみ深さを感じなくもないが、(3)の情熱とエロティシズムでは一挙に男女の情欲が沸騰したような性愛の饗宴(きょうえん)に早変わりするのは圧巻(?)。オットー・ディックスは性の乱気流の極限だ。なんと画面中央下には、パックリ開いた女性器がこちらを見て笑っているではないか! 人間が地上に存続する限り、風俗画は永遠である。
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 たかはし・あきや 53年生まれ。三菱一号館美術館館長。本書は「テーマで見る世界の名画」(全10巻)の第7巻。
    −−「風俗画―日常へのまなざし [責任編集]高橋明也 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2018年05月05日(土)付。

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