覚え書:「そこが聞きたい 反グローバリズムの閉鎖性 英国人ジャーナリスト ビル・エモット氏」、『毎日新聞』2017年07月24日(月)付。

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そこが聞きたい 反グローバリズムの閉鎖性 英国人ジャーナリスト ビル・エモット氏

毎日新聞2017年7月24日 東京朝刊

=根岸基弘撮影

繁栄保つ「平等」と「開放」
 トランプ米政権の誕生、英国の欧州連合(EU)からの離脱決定、欧州での極右政党の台頭−−。グローバリズム=1=に反対する潮流が広がっている。この流れはどこに行き着くのか。近著「『西洋』の終わり」(日本経済新聞出版社)で分析した英国人ジャーナリストのビル・エモット氏(60)に聞いた。【聞き手・松井聡】

−−「『西洋』の終わり」では第二次世界大戦後、「自由」と「平等」など民主主義=2=の理念を掲げて経済的な繁栄を享受してきた欧米や日本などを「西洋」と位置づけました。今、「自国優先」や「移民排斥」という閉鎖的な考えが支持を集めています。

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 経済的に繁栄した西洋で暮らす私たちは岐路に立たされています。経済発展に最も重要なのは「開放性」という考えです。「資本家や労働者の自由な移動」や「国境を超えた自由な経済活動」を保障する理念です。ですが、私たちが直面しているのは開放性とは正反対の考え方の拡大なのです。トランプ政権やフランスの極右政党「国民戦線」が主張する移民流入抑制策は確実に経済的な衰退をもたらします。その国に有能な人材が集まらなくなり、海外市場での競争力を失ってしまいます。

−−歴史的に見て、開放性は繁栄にとって不可欠な要素だったのでしょうか。

 そうです。西洋も開放性があったからこそ繁栄できたのです。時代をさかのぼって見ると、16世紀までは元や明といった国際的な交易網を持つ中国の王朝が繁栄し、覇権を握っていました。しかし、大航海時代に入り、ポルトガルやスペインなど欧州勢がより積極的に海外との交易に乗り出すと、覇権も中国から欧州に移りました。その後、世界的に領土を拡大させた英国をはさんで、第一次世界大戦前には、移民によってつくられた米国が覇権国の一つになりました。米国などの西側諸国は冷戦で、ソ連を筆頭とする共産・社会主義体制の東側陣営と対立しましたが、閉鎖的な経済体制だった東側は最終的に崩壊しました。歴史は、より開放性を持った社会が繁栄することを証明しています。

−−閉鎖的な考えが急速に拡大している原因は何ですか。

 社会における「平等性」の欠如だと考えています。開放性が進めば競争が生まれます。そして競争が起これば、こぼれ落ちる企業や人が出てきます。これは当然の原理です。だからこそ、こぼれ落ちた人たちが不満を抱かないように政府が一定程度豊かな生活を保障することが必要なのです。教育や医療などの社会保障を充実させ、投票権などの権利も保障する。つまり、経済的、法律的に全国民に平等性を保障するのです。

 民主主義を安定的に持続させるには開放性に加え、この平等性が不可欠なのです。しかし、残念ながら、現在の欧米では平等性が欠けています。だから、不満を抱えた人々が開放性に反対し、閉鎖的な理念が急拡大しているのです。民主主義は本質的にはポピュリズム大衆迎合主義)です。人々の不満をあおり、扇動する政治家がいれば、そちらに流れてしまいます。独裁者ヒトラーも選挙を通じて政権を取ったことを忘れてはいけません。民主主義は完璧ではなく、油断すると危うい方向に向かうということを認識しなくてはいけません。

−−なぜ平等性が担保されなくなってしまったのでしょうか。

 大きな要因は近年の財政悪化です。国家財政が悪化すれば社会保障費も削減されます。西洋の多くの国々は多額の負債を抱え、社会保障に十分な費用を回せていません。そして、原因の財政難を引き起こしているのは各国政府の経済政策の失敗です。多くの政府や与党は特定の業界団体や大企業の支援を受けています。このことが規制緩和など適切な政策を実行するのを妨げているのです。

 業界団体は選挙での支援の見返りに、政府や与党に自分たちの既得権益を守る政策を実行するよう要求します。そして大規模な規制緩和に反対するため、市場が活性化せず、イノベーション(技術革新)も生まれません。イノベーションがなければ、国際的な競争で後れを取ります。西洋の多くの国々はこのような状況に陥っているのです。

−−一方、社会主義体制の中国は経済的にも政治的にも影響力を増しています。西洋に代わる新たな覇権国となるのでしょうか。

 中国は、民主化を成し遂げなければ、米国のように世界的な影響力を持つ覇権国には決してなれないでしょう。一部の国々は中国から財政支援を受ける見返りに中国の言うことを聞くかもしれませんが、西洋の中にはそうではない国も多いはずです。私の推測ですが、中国は2020年代には民主化するという決断をしなければならなくなると思います。なぜなら、経済発展を持続させようとするなら民主化するしかないからです。

 開放性と平等性は繁栄の不可欠な要素です。現在の中国は開放性も平等性も十分ではなく、一党独裁汚職に対する国民の不満が蓄積しています。この体制ではいずれ不満が爆発するでしょう。中国の現状は1980年代の韓国と似ています。当時、韓国は軍事独裁政権でしたが、猛烈な勢いで経済成長していました。英週刊誌の東京支局長だった私は韓国の民主化を取材して「経済的繁栄への国民の欲望は国家体制をも変え得る」と知りました。

−−日本では極右政党は台頭していませんが、格差は広がっています。

 日本はバブル崩壊(91年)から本当の意味で復調したとは言えません。業界団体の力が強すぎて抜本的な改革ができていないからです。また、非正規労働者が増えたことで所得格差も広がってしまいました。日本にとって参考になるのはスウェーデンです。スウェーデンは日本のバブル崩壊と同じ時期に財政危機が起こりました。そこで政府は税収を増やすために大胆な経済改革に乗り出しました。イノベーションを促すため、業界団体との癒着を断ち切って規制緩和を実施したのです。その結果、世界的な競争力を付けた企業が増え、税収も改善しました。その一方で、社会福祉の手厚さは維持しました。改革で競争を促すと同時に平等性も担保したのです。この成功例は日本が目指すべき方向を示していると言えます。

聞いて一言
 「混沌(こんとん)は一つの危機であるとともに一つのチャンスでもある」。仏哲学者、ジャック・デリダ(1930〜2004年)の言葉を思い出した。デリダは、社会が不安定な状況を克服することで、より良い民主主義(「来たるべき民主主義」)に近づけるかもしれないと説いた。エモット氏が言うように「平等性の欠如が不安定さをもたらしている」のであれば格差社会を解消する好機でもあるだろう。閉鎖的な風潮の拡大にどう向き合うのか。一人一人の知見が問われている。

 ■ことば

1 グローバリズム
 1991年のソ連崩壊後、物、サービス、人などの移動の自由化に伴い、経済のグローバリゼーション(グローバル化)が進んだ。これに対し、グローバリズムは世界を国境のない「一つの市場」とみなし、競争原理に基づく一体化を進めるべきだとの考え方。「グローバリズムが格差を拡大させ、富を一極集中させた」との批判もある。

2 民主主義
 デモクラシー。ギリシャ語のdemos(デモス、人民)とkratia(クラティア、権力)に由来し、「人民による支配」が語源の意。古代ギリシャ都市国家で始まり、17〜18世紀以降の市民革命で絶対王制が倒された欧州と、独立した米国で、民主主義が政治形態となった。国民主権、自由、平等などが価値原理とされる。

 ■人物略歴

Bill Emmott
 1956年ロンドン生まれ。英オックスフォード大卒。83年から3年間、英週刊誌「エコノミスト」東京支局長(日本・韓国担当)を務めた。同誌編集長を経て2006年に独立し、現在は国際ジャーナリスト。日本のバブル経済の崩壊を予測した「日はまた沈む」(90年)など著書多数。16年に旭日中綬章受章。
    −−「そこが聞きたい 反グローバリズムの閉鎖性 英国人ジャーナリスト ビル・エモット氏」、『毎日新聞』2017年07月24日(月)付。

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