覚え書:「昭和63年、丸山眞男からの手紙 「自粛」巡り、26歳記者につづる」、『朝日新聞』2017年11月15日(水)付。

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昭和63年、丸山眞男からの手紙 「自粛」巡り、26歳記者につづる
2017年11月15日

写真・図版
丸山眞男氏からの手紙  

 手元に政治学者・丸山眞男氏からの手紙がある。便箋(びんせん)に5枚、横書きで記されている。1988(昭和63)年10月、昭和天皇の病気に伴い、さまざまな「自粛」が社会を覆っていたころのものだ。

 敗戦直後から、天皇制をはじめ、日本の「無責任の体系」を鋭く批判した丸山氏は、88年当時、マスコミには登場しなかった。だが、この手紙では「自粛の全体主義」の見方や、天皇制の歴史的な展望の必要性、マスコミへの批判などを書いている。週刊誌「朝日ジャーナル」の記者だった私が、意見を聞かせてほしい、と送った便りへの返事だ。

 今までは公表しないできた。「これはあなたへの私信です」とあったからだ。しかし、「昭和」が遠くなり、「平成」の終わりが見えてきた今、公開する意味はあるのでは、と考えるようになった。丸山氏が亡くなって21年、歴史的な史料ととらえるべきだと思い、彼の読者らが作る雑誌「丸山眞男手帖(てちょう)」に提供した。

 この手紙の3年前、「丸山眞男自主ゼミナール」という勉強会に属する学生だった私は、丸山氏と会い、質疑応答をする機会があった。丸山氏はマスコミには出なかったが、学生や社会人の、少人数の集まりには参加を続けていた。

 手紙では、マスコミから何度も同様の要望があったが、すべて断っているとしたうえで、「ただ、それだけではあまりにそっけないので、微熱を冒しながら、あなた個人には、思いつくままの感想を、一、二誌(しる)します」と書いている。

 74歳の学者が、26歳のかけだしの記者に対して、個人から個人へ、送った言葉だ。29年がたった今、読み返すと、私という個人を超えて、あとの世代にあてたものだと感じる。

 (石田祐樹

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 まるやま・まさお(1914〜96) 政治学者・思想史家。戦後の民主化を理論的に支え、専門の日本政治思想史でも多くの業績を残した。50〜71年、東京大教授。著書に『日本政治思想史研究』『現代政治の思想と行動』など。

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 手紙の全文は、15日発行の「丸山眞男手帖」第70号に掲載される。ほかに、丸山氏による94年の闘病記など。1500円+送料180円。丸山眞男手帖の会(ファクス03・5946・9487。メールmm−techo.no_kai@kba.biglobe.ne.jp)。

 ■丸山氏からの手紙(引用) パーティー中止「ブルータス、君もか」/昭和史全体の展望、未来性も

 【自粛の全体主義

 「『自粛の全体主義』には私もただ唖然(あぜん)とするほかありません」「朝日新聞も、東京創刊百周年記念パーティーを『諸般の事情』により中止する旨のお報(し)らせをいただきました。『ブルータス、君もか』とはこのことです」

 【トピック集中主義と歴史的評価

 「しかし、だからといって、天皇の重病と、戦争責任をふくむヒロヒト天皇の長い在位の歴史的意義とを直接に結びつけねばならぬような発想もまた私には無縁です。重病は、あるいは最悪の事態も、それ自身一つのトピックであり、それ以上のものではありません。一人の人間の死に際しては、その死をいたむのが自然の情であり、〈その機会に結びつけて〉、その人間の歴史的評価をするのは、プラス評価にせよ、マイナス評価にせよ、二つの異(ことな)ったレヴェルの混同であり、日本のマスコミに典型的なトピック集中主義(逆にいえば持続的問題関心の欠如)のもう一つの事例にすぎません」

 【日本人の知性と批判精神】

 「あなたは、〈今〉を過ぎると、天皇制の論議がなくなるのではないか、と心配されているようですが、失礼ながらあなたもそういうトピック主義にいつの間にか陥っておられるのではありませんか。私はもう少し日本人の知性と批判精神に高い評価を与えたい気がします」

 【未来性を持つ歴史的展望】

 「病状の刻々の報道とかいったバカバカしい騒ぎが一段落し、次の天皇の即位のトピック的集中性も鎮静すれば、昭和史全体の展望と、ヒロヒトの戦争責任問題をふくむ在位期の歴史的意味について、躁(そう)状態を脱した広く深い論議が〈はじめて〉提起されるようになるでしょう。そういう〈歴史的〉展望はいうまでもなく、次期天皇のあり方を問うという〈未来性〉をも持っています。私はむしろ、そういう段階で、マスコミがどこまで〈持続的に〉その問題を追及するだろうか、という方が心配です」

 (〈 〉は、手紙の原文では下線)
    −−「昭和63年、丸山眞男からの手紙 「自粛」巡り、26歳記者につづる」、『朝日新聞』2017年11月15日(水)付。

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昭和63年、丸山眞男からの手紙 「自粛」巡り、26歳記者につづる:朝日新聞デジタル