覚え書:「美術表現と地域、関わりは 沖縄・米軍機墜落注意の作品、公開とりやめ」、『朝日新聞』2017年11月20日(月)付。


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美術表現と地域、関わりは 沖縄・米軍機墜落注意の作品、公開とりやめ
2017年11月20日

写真・図版
板で覆われていく岡本光博さんの「落米のおそれあり」=17日、沖縄県うるま市

 星条旗の図柄を用い、「落米(らくべい)のおそれあり」と米軍機の墜落に注意を促す――。沖縄県うるま市のアートイベントで、美術家の岡本光博さん(49)=京都市=が商店のシャッターに描いた作品に反対意見が出て、市が公開を取りやめた。政治的なテーマの美術表現を地域社会の中でどう扱うか。問題が浮かび上がった。

 ■自治会「政治と切り離しを」/作家「現状を反映」

 那覇から車で約90分。人口265人の伊計(いけい)島で日用品や食品が買える唯一の商店という「共同スーパー」のシャッターに、岡本さんが描いた作品があった。

 17日、絵は市の判断でベニヤ板などで覆われた。スーパーを所有・運営するのは伊計自治会で、自治会長の男性(60)は「誰もが素晴らしいと感動する絵ではなく、政治的な主張をする作品」と憤る。

 市の担当者は「『消して欲しい』という自治会の強い要望に沿って対応する」。イベントは過疎が進む島嶼(とうしょ)部の活性化が目的で、運営費は国の沖縄振興特別推進交付金を充てる。地域の協力が前提といい、担当者は、国に問題だと指摘される恐れも懸念する。

 自治会は人口が減り赤字が続くスーパーの改革を模索中だが、「人を呼びたいのに逆行してしまう」と、改革に関わる人から反対意見が出たという。

 1月、普天間飛行場所属の米軍ヘリコプターが島の農道に不時着した。「我々は抗議したが、それとは別問題」と会長。「基地問題には様々な意見がある。政治と切り離した作品がふさわしい。イベントは活性化を目指すもので、作家のためのものじゃない」

 一方、岡本さんは「島の現状を映す注意看板だ」とし、基地問題への主張は込めていないとする。「政治や社会的課題を扱う作品は求められず、アートの都合の良い面だけを利用しようとしているのではと感じる」。制作中の島民からの反応は好意的で、「オスプレイを描き加えれば?」とも言われた。「これを機に、議論が起こればいい」

 事務局のスタッフは、作家と地域をつなぐ努力が足りなかったと話す。「本当にアートで活性化するなら、出てきた意見をもとに作家や地域の人々が話し合い、ぶつかり合ってもらう必要もあったかもしれない」(丸山ひかり)

 ■忖度怖い/世論を味方に

 美術作品の展示について、主催者側が変更を求めるケースは近年相次いでいる。しばしば持ち出されるのが「政治的中立」という論理だ。

 新藤宗幸・千葉大名誉教授(政治学)は、「芸術には権力や社会をとらえる面があり、そもそも政治的中立はありうるのか。そこで中立を持ち出す方が、実は中立性を欠いている」と指摘。「交付金も元は税金。税金を払う市民には多様な考え方があるのに、中央政府を忖度(そんたく)するような状況が続いているのは怖い」

 小松崎拓男・金沢美術工芸大教授は、「差別表現などを除き、クレームがあるから中止というのは短絡的だ。評価は各人で異なるのだから、作家が作品意図を説明し、地元で議論した上で判断すべきだ」と話す。

 2010年ごろから「○○芸術祭」などと銘打ったアートイベントが各地で急増。地域の活性化が期待され、美術館とは違う、より日常的な場で表現と接するケースが増えてきている。

 瀬戸内国際芸術祭などのディレクターを務める北川フラムさんは、「芸術祭では、いろいろな指摘を受ける。問題が表面化した場合、行政は権力寄りになるから、ディレクターは世論の大勢を味方にする必要がある」と話す。(大西若人)

 

 ■過去に問題になった美術表現の展示

 【2012年】

・東京・新宿ニコンサロンでの元朝鮮人従軍慰安婦を題材にした写真展で、ニコンが開催前に中止を決定。東京地裁の仮処分決定で予定通りに

 【13年】

・東京・森美術館会田誠展の出品作に対し、市民団体が「児童ポルノ」などとして撤去を要請。館は注意書きを増やした

 【14年】

東京都美術館での彫刻展で、「現政権の右傾化を阻止」などと記した作品に対し、館が撤去要求。作家側は一部を修正

愛知県美術館の写真展で、鷹野隆大氏の写真に対し、県警が「わいせつ物の陳列」と対処要求。男性の下半身を隠した

 【15年】

東京都現代美術館の子供向け展覧会に出ていた、会田誠氏らの「文部科学省に物申す」などと記された作品に、館が「子供向きでない」といったん改変を要請。展示は続行

 【17年】

群馬県立近代美術館で展示予定だった、県内の「朝鮮人犠牲者追悼碑」をモチーフとした白川昌生氏の作品が、館の指導で撤去。「一方の主張ととられる懸念」と同館
    −−「美術表現と地域、関わりは 沖縄・米軍機墜落注意の作品、公開とりやめ」、『朝日新聞』2017年11月20日(月)付。

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美術表現と地域、関わりは 沖縄・米軍機墜落注意の作品、公開とりやめ:朝日新聞デジタル