覚え書:「ニッポンの宿題 減らない児童虐待 加藤曜子さん、和田一郎さん」、『朝日新聞』2017年11月25日(土)付。


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ニッポンの宿題 減らない児童虐待 加藤曜子さん、和田一郎さん
2017年11月25日

写真・図版
児童虐待の対応件数

 児童虐待をめぐる痛ましいニュースが後を絶ちません。全国の児童相談所が対応するケースは、毎年、増え続けています。対策が叫ばれているのに、なぜ歯止めがかからないのでしょう。11月は児童虐待防止推進月間。社会でできること、解決の糸口は、どこに。

 

 ■《なぜ》ストレス社会、乏しい支援 加藤曜子さん(流通科学大学教授)

 児童虐待について、児童相談所へ相談があり、対応した件数は2016年度は約12万件でした。1990年度から毎年増え続け、かつ伸び幅が大きい。社会で広く知られて通報が増えたことに加え、子どもの目の前で親が配偶者に暴力を振るうことも「心理的虐待」として認識されたからです。

 むろん、子どもに暴力を振るう親は依然として減っていない。9割以上の人が子どもが生まれたときに「うれしかった」と答えているのに、なぜでしょうか。

 日本では90年代に入るまで、ほとんど社会問題になっていませんでした。70年代、コインロッカーに赤ん坊が遺棄される事件が続きました。しだいに育児ノイローゼや、育児不安など、追い詰められている親の問題として知られるようになります。それでも、日本では米国で多発しているような児童虐待は起きないと言いきる日本の学者もいたほどです。

 テレビ局のドキュメンタリーなどのキャンペーンをきっかけに、90年、虐待を防止するための民間団体「児童虐待防止協会」(現在はNPO)が大阪にできました。私は発足時からかかわり、協会の電話相談にも参加しました。子どもに怒りをぶつけたことへの後悔、そして苦悩。多くの母親らが社会から孤立し、息の詰まりそうな状況に置かれていました。

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 行政の対策は、2000年に児童虐待防止法が成立したことが節目となり、進みつつあります。しかし、対策が追いつかず、増加に歯止めがかかっていません。

 虐待の要因となる子育てのストレスは、近年ますます高まっています。背景の一つに、貧困問題があります。もちろん、貧困が必ず虐待を引き起こすわけではありませんがストレスの一つです。シングルマザーは働いても賃金が低く抑えられ、保育園も育児サービスも足りない。また、子連れで再婚する家庭など、家族の形も様々です。うまくいかなければ、ストレスになりがちです。

 いま、社会の寛容さも失われています。夜の住宅地では、子どもの泣き声でさえ警察や児童相談所に通報されかねないと、親は神経をすり減らしています。保育園の声がうるさいと、周囲から苦情が出るほどです。子どもを産まないというカップルも増え、子どもをみんなで支えて大切にしていこうという意識が乏しいように思えます。子どもの数だけでなく、価値までも低くなっていると思わざるを得ません。

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 対策はと言えば、昨年、児童福祉法などの改正により、ようやく予防に力が注がれるようになりました。国も自治体も、親を支援する方向に向かっています。母親が10代や未婚、望まない妊娠、周囲のサポートがないといったリスクを抱えている場合、妊娠中から支援をすることになりました。早い段階から家庭訪問をしたことで、虐待を防げた自治体もあります。

 市町村を中心に、学校、児童相談所児童福祉施設医療機関、警察などのネットワークづくりが努力義務になったものの、機能していないところも多い。専門的な知識や意欲のある人が、地道に丁寧にかかわる必要があります。役所には熱心な人もいる一方で、部署を敬遠する人もいます。また、虐待を受けた子どもへのケアも遅れており、対策が急がれます。

 虐待を減らすための社会資源がまったく足りません。予算だけでなく、専門的な知識と意欲を持った人材も必要です。保育士の給与が低いことや、市町村の担当者がすぐに代わってしまうことは、子どもを大切にしようという意識が低いからです。子どもを社会で支えようという意識が根付かない限り、虐待問題は終わりません。(聞き手・三輪さち子)

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 かとうようこ 家庭裁判所調査官をへて、米国で児童・青少年問題を学ぶ。行政の取り組みへのアドバイスや研修にかかわる。

 

 ■《解く》保護・帰宅、裁判所が判断を 和田一郎さん(花園大学准教授〈児童福祉〉・元児童福祉司

 茨城県児童相談所児童福祉司をしていて感じたのは、社会的孤立が深い親が多いことです。

 多くは父親が非正規雇用で、母親は精神を患い、収入は不安定というようなケースです。家賃が払えるかどうか常に金の心配をし、関心が子どもに向かない。パチンコ屋で夜中に子どもがうろついていて、通告されました。通告がなければ、ほったらかしにされていたでしょう。こうした家庭を見つけ、丁寧に支援することが欠かせませんが、児童福祉司は全国に約3千人しかいません。児童相談所は死亡につながるかもしれない重篤なケースの対応に追われ、手が回りません。

 乳幼児健診を活用して、受診していない人を徹底的にフォローする対策が必要です。先に挙げた家庭も、健診を受けていませんでした。大変ですが、会えるまで、受診するまでかかわっていくことを法律で定め、徹底するべきです。初期の段階で状況を察知して支援を始め、公営住宅に入れ、障害者支援や生活保護などを受けられるようにして、「孤立させない」というメッセージを親に送ることが、虐待防止につながります。私が家庭訪問したときも、最初は「なぜ家に来るんだ!」と怒鳴られましたが、半年もすると「ありがとう」と言われました。本当は親たちもつらいのです。

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 虐待の通告は年約12万件ありますが、このうち一時保護されるのは約2万件。つまり、8割以上の子どもは家庭の中で生活し続けています。ふつうの人が悩んだり、失敗したりして起こっていることです。もっと気楽に相談ができ、もっと気楽に声がかけられるようにならなくてはいけません。

 通告は増えていますが、泣き声やあざなど、保護するまではいかないものも多い。福祉的な視点でいうと、保育所は無料にするより、全員が入所できる方がいい。保育所に入れば昼間はほかの人の目が届き、虐待を防ぎやすい。また、認可外に預けたり、仕事をやめたりして母親のストレスが募ると、虐待のリスクは高まります。

 世界ではすでに50カ国以上が法的に全面禁止する体罰についての意識が、日本は低いと思います。私は東京都の教員への体罰防止プログラムを実施していますが、体罰が子どもに与える悪影響を先生が知りません。社会全体の意識も同じ程度と考えられ、こうした土壌を変えていくことも課題です。

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 日本は他国に比べ、子ども虐待にかけるお金が少なすぎることは明らかです。私の研究では、児童相談所や施設などに直接かけている費用は年約1千億円です。米国の30分の1、豪州の3分の1です。そして、虐待による社会的損失は年約1兆5千億円にのぼります。ここには、自殺による社会的な損失、精神疾患にかかる医療費、学力低下による収入の減少、生活保護受給費、反社会的な行為による社会への負担などが含まれています。

 児童相談所や施設の職員、里親などの人件費を増やし、司法関与強化や被害回復プログラムの開発などにかける費用を、もっと増やすべきです。一時保護のほか、施設入所や家庭復帰などの判断も裁判所がかかわるべきです。司法が判断する根拠が必要になり、どの児童相談所にもより的確な情報収集と判断が求められ、子どもの権利も親の権利も守ることになる。いまは一時保護された後に家に帰して再び保護される子どもが多数いますが、司法が関与すればこうした再虐待も減ると思います。

 このご時世に予算は増やせないという意見もあるでしょう。でも、このままでは社会的損失を積み重ねていくことになります。それでいいのでしょうか。(聞き手・編集委員 大久保真紀)

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 わだいちろう 1973年生まれ。児童相談所も含め茨城県職員として15年勤務。日本子ども家庭総合研究所を経て、今春から現職。
    −−「ニッポンの宿題 減らない児童虐待 加藤曜子さん、和田一郎さん」、『朝日新聞』2017年11月25日(土)付。

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(ニッポンの宿題)減らない児童虐待 加藤曜子さん、和田一郎さん:朝日新聞デジタル