覚え書:「安保考 どうする北朝鮮問題 元米国防長官、ウィリアム・ペリーさん」、『朝日新聞』2017年11月29日(日)付。


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安保考 どうする北朝鮮問題 元米国防長官、ウィリアム・ペリーさん
2017年11月29日

写真・図版
「辛辣(しんらつ)な言葉の応酬はやるべきでない。見境のない威嚇は、不要な危険を生み出す」=ランハム裕子撮影

 緊迫する北朝鮮情勢にどう対処すればよいのか――。23年前の危機の際、軍事攻撃を本格検討しながら、最後は直接対話に踏み切った元米国防長官の目に、現状はどう映っているのだろうか。核政策を熟知する一方で、「核なき世界」の実現を訴えるウィリアム・ペリーさんに、理想と現実のギャップをどう埋めるべきかも聞いた。

特集:北朝鮮ミサイル発射
 ――1994年の北朝鮮危機に、最前線で対応しましたね。

 「94年2月に国防長官に就任し、最初に直面した危機が北朝鮮でした。北朝鮮は原子炉でプルトニウムを抽出する再処理を開始すると発表。それは6個の原子爆弾を作るのに十分でした。私は『米国はプルトニウム生成を許さない。必要があれば軍事行動をとる用意がある』との声明を出しました。『口先だけの脅し』ではありませんでした。プルトニウム抽出阻止のため、寧辺(の核施設)を巡航ミサイルで破壊する軍事計画を実際に作成していたのです。クリントン大統領に、在韓米軍の3万人増派も提案しました」

 ――日本と協議しましたか。

 「増派を進言する会議前、日韓を訪問。日本の首相(に内定していた羽田孜氏)と会い、『戦争に突入するとは思わないが、準備はしなければならない。もし戦争になれば、在韓米軍への補給で日本の航空基地を使うことになる』と説明。彼は『はい、分かりました』と言いましたが、(合意を)公表しないよう要請されました。日本国民に不必要な心配を抱かせるとのことでした。私は作戦が実行可能だと大統領に説明しました」

 ――ただ、軍事行使はしませんでしたね。

 「私も大統領も、軍事的手段は選択肢の一つでしたが、それをテーブルの隅に押しやり、外交的解決を模索しました。それは攻撃実行が困難だからではなく、その帰結として、北朝鮮が韓国に反撃する可能性があったためでした」

 ――94年の危機は「米朝枠組み合意」で収束しました。

 「合意は、北朝鮮の核の威嚇に終止符を打つか、少なくとも数年間は(核開発を)遅らせることができました。(合意の中身は)我々が『ハードな合意』と呼んだ北朝鮮に電力を供給するための商用原子炉(軽水炉)建設の支援。一方で『ソフトな合意』もあり、これは産業力を高める支援と農業の発展、貿易協定などを想定し、北朝鮮を『普通の国』にしようとするものでしたが、(結局)実現しませんでした。米議会で合意に共和党議員が同意しなかったからです。ただ米国がソフトな合意を履行していても、異なった結果になったかどうかはわかりません」

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 ――現在の北朝鮮危機を、94年と比較してどう見ますか。

 「はるかに深刻です。いまや北朝鮮核兵器保有し、その核を使用するかもしれないのです。犠牲は甚大で、94年と桁違いの被害をもたらします。北朝鮮への先制攻撃は実行可能とは思えません」

 「危険なのは米朝とも戦争勃発を望んでいないのに、核戦争に図らずも突入するおそれがあることです。米国が限定的な攻撃をしたつもりでも、北朝鮮核兵器で(全面的に)応戦することもあり得る。我々の強烈な威嚇で、北朝鮮側が『指導者を狙った先制攻撃を米国が間もなく仕掛けてくる』と信じ込めば、自暴自棄になって最初に兵器を使うかもしれない」

 ――交渉は可能でしょうか。

 「北朝鮮核兵器保有し、いくつかは運用可能です。短距離、中距離ミサイルは数百発持っており、いくつかには核搭載もできる。長距離ミサイル開発も進んでおり、恐らく、1、2年のうちに北朝鮮は運用可能な長距離ミサイルも保有する。彼らはそうした開発を放棄しないでしょう。望ましいのは、まず彼らに(核やミサイル)開発を中止させ、ダメージを抑えることです。それに成功したら徐々に(核・ミサイルを)削減する交渉を始め、押し戻していくべきだと思います」

 ――金正恩(キムジョンウン)氏は交渉で信用に足る人物でしょうか。

 「金正恩氏は賢くなく、無慈悲で見境はないかもしれないが狂ってはいない。結果を見る限り、彼は自分の欲するものを手中に収め、合理的だとも言える」

 ――いま国防長官だったらトランプ大統領にどう助言しますか。

 「申し訳ないが、トランプ政権で国防長官を務める自分の姿は想像できません。私がマティス国防長官に助言したのは、悲惨な軍事オプションになだれ込まないよう、北朝鮮と議論や交渉する考えを持ってほしいということでした。彼らが軍事力より、外交による解決を(大統領に)促していると思っています」

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 ――トランプ大統領は対話を「時間の無駄だ」と言い、安倍晋三首相も「いまは対話のときではない」と発言しています。

 「対話の時でないのかどうかは議論のあるところです。議論の余地がないのは、『いまは核戦争をする時ではない』という点です。私には軍事衝突に代わる手段が、外交以外にあるとは思えません。よい結果が必ず生み出せるかどうか自信があるわけではありませんが、対話しなければ、よい結果はそもそも得られません」

 「日本の指導者は、外交の失敗がもたらす帰結を理解する必要があります。外交の不在や見境のない発言は、戦争に、非常に壊滅的な核戦争に突入する条件を醸成してしまいます。実行可能な軍事オプションがあるなら、私もそれを薦めるかもしれませんが、(実際のところ)そんな解決策はないのです。私が驚くのは、実に多くの人が戦争がもたらす甚大な結果に目を向けていないことです。戦争は日本にも波及し、核(戦争)になれば、その被害は(韓国にとって)朝鮮戦争の10倍に、(日本にとって)第2次世界大戦での犠牲者数に匹敵する大きさになります。我々は外交を真剣に検討すべきです。私は安倍首相に、トランプ大統領との議論で、こうしたことを促すことを期待しています」

 ――北朝鮮の核を認めれば、日韓で核政策見直し論が浮上しかねません。

 「核攻撃の脅威にさらされた人々が、自身も核兵器保有したいと考えるのは容易に理解できます。だが、日本や韓国がこうした動きをとるのは間違っている」

 「チェスでは『直前の一手に惑わされる』という有名な言葉があります。チェスの駒を動かす時、相手を追い詰めるいい一手だと思い、その2、3手先の動きを考えず、相手があなたの一手にどのように付け込んでくるのか、考えていない。日本が核を持てば、中国は核兵器を増やすでしょうし、すると日本も増やさざるを得ない。すると韓国もそうする。北東アジアでの核の軍拡競争を招き、どの国にも利益になりません」

 ――核による抑止効果を熟知しながら、2007年に「核なき世界」を訴えたのはなぜですか。

 「私が現実に『核の奈落の底』をのぞき込み、そんなことが起きてはならないと思ったからです。『核戦争がいよいよ起きる』と思ったことが人生で数度ありました。キューバのミサイル危機では大半の人が思っているより、核戦争間際まで行きました。米国が核攻撃を受けると誤解し、核戦争勃発寸前のこともあったのです」

 ――しかし、米ロの核軍縮は進んでいません。

 「最初の論文を書いた数年間は、ゆっくりではあるが、理想に向かって動いていました。だが、オバマ大統領のプラハ演説以降、後退を続けています。目標に近づくどころか、遠ざかってしまった。大きな理由は、米ロが、友好・協力関係から、敵意の時代に転換したことです。我々の努力は失敗したと言わざるを得ません」

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 ――日本は戦争被爆国ですが、国連での核兵器禁止条約に署名しませんでした。

 「会議をボイコットするより、日本は原則論を述べたり、支持を表明したり、やれることはたくさんあった。世界の中でも、広島と長崎で苦痛を経験した日本だからとれる道徳的立場があります」

 「とはいえ、条約が採択されてよかった。実現せずとも発信することに価値がある。200年以上前、米国の建国の父は(独立宣言で)『すべての人間は平等に造られている』とうたいました。当時は奴隷もいて、女性には投票権も認めず、平等ではありませんでしたが、原則を信じた。目標を持つことが推進力になるのです」

 ――あなたは理想主義者ですか、それとも現実主義者ですか。

 「私は非常に現実的な人間です。理想を持ち、それに向けて働くことが重要だと思っていますが、今日の世界でできることを知ることも重要。国防長官時代は、北朝鮮の危機で我々がとれる現実的な施策を考えました。軍事力行使の準備をする一方、北朝鮮が解決しようとしている問題を理解するため、北朝鮮に目を向けた。外交官に必要なのは『舌先』より『耳』です。相手が何を言っているのか、何を信じているのか、耳を傾ける必要があるのです」

 (聞き手 編集委員・佐藤武嗣、宮地ゆう)

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 William Perry 1927年生まれ。数学者で、62年のキューバ危機には技術者として対処。幕末に来航したペリー提督の末裔(まつえい)でもある。

 ◆「安保考」は随時掲載します。
    −−「安保考 どうする北朝鮮問題 元米国防長官、ウィリアム・ペリーさん」、『朝日新聞』2017年11月29日(日)付。

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(安保考)どうする北朝鮮問題 元米国防長官、ウィリアム・ペリーさん:朝日新聞デジタル