覚え書:「論壇時評 政党のあり方 「他党と違う」は重要か 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2017年11月30日(木)付。


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論壇時評 政党のあり方 「他党と違う」は重要か 歴史社会学者・小熊英二
2017年11月30日

写真・図版
小熊英二さん=迫和義撮影

 ああ、つまらない。何が? 論壇上の「保守とは何か」「リベラルとは何か」といった議論が、である。

論壇委員が選ぶ今月の3点(2017年11月・詳報)
 総選挙で立憲民主党が注目され、「枝野幸男代表は本当に『リベラル』か?」という記事が出た〈1〉。枝野当人は、「私は保守だ」と言っている〈2〉。ほかにも「右派×左派」という特集が組まれたり〈3〉、政治家や政治学者が「保守」や「リベラル」という言葉をめぐって議論をしたりしている〈4〉。「改革保守」だの「リベラル保守」だのという言葉もとびかっているようだ。

 私も学者だから一応の知識はある。アメリカと西欧で「リベラル」の意味が違うとか、昔の日本では「保守」「革新」の方が一般的だったとか、冷戦が終わったあとから「革新」がすたれて「リベラル」が流行(はや)りだしたとか。

 そうした知識を踏まえた上で、「そもそもリベラルとは」とか「本当の保守とは」といった議論を……ここではやらない。不毛と思うからだ。

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 それはなぜか。古賀誠がいうように、「保守」「リベラル」などの言葉を軸とした対立が不分明な時代になったからでもある〈4〉。だがそれ以上に、実は昔から、そんな区分に実体はなかったかもしれないからだ。思想史家の芹沢功は1980年の本でこう書いている〈5〉。

 自民党とは何か。この党は、55年に「自由党」と「民主党」が合同して「自由民主党」になった党で、「リベラリストあるいはデモクラットの政党であると考えることは現実に反する」。しかし単なる保守政党というにも、党内に幅がありすぎる。では何かといえば「自民党は『他の政党ではだめだ』という人々の集(あつま)りなのである」と芹沢はいう。

 一方で、当時の最大野党だった社会党はどうか。この党も多様な政治家が集まっており、党内に思想的統一はない。芹沢によれば、彼らの共通点は「共産党とは違う」というだけだ。

 芹沢はいう。日本の政党は、「『特定のイデオロギーでなければならぬ』のではなく、『他党とは違う』という形で説明した方がわかりよい」。「政党自身のイデオロギーにたとえヨーロッパのそれに対応する類似性があったとしても……『他党とは違う』という形で集まっている党員とその支持者の態度にイデオロギーとの連続性を発見することはむずかしい」。つまり「自由主義」や「社会主義」を掲げてはいても、実際は「他党と違う」と言っているだけと考えた方がわかりやすいというのだ。

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 現代はどうか。ためしに最近の政治家の発言をみてみよう〈6〉。

 「大企業に支えられている自民党や大労働組合官公労に支持される民進党に、今を変えることは出来ません」

 「しがらみの政治から脱却して新しい日本、新しい東京をつくっていかなければならない」

 「第九条改正は、安倍首相が提案した、『自衛隊』という文言を書き加えるというような中途半端なものではなく、もっと本質的なものでなくてはならない」

 「戦後レジームからの脱却を成し遂げるためには憲法改正が不可欠です」

 さて困った。私の読解力のせいか、どれも「他と違う」「前と違う」と言っているだけに読めてしまう。もちろん政策や理念も述べてはいるが、「他と違う」と主張するために、無理やり後づけしたようにもみえる。肝心の「当人が何をしたいのか」が読み取れない。

 そもそも「他と違う」ことはそんなに大切なのか。前原誠司は「希望の党」への合流を決めたさい、「『民進党左傾化し、共産党社民党との違いが分からなくなった』と指摘される度に、私は忸怩(じくじ)たる思いに、さいなまれました」と述べた〈7〉。だが、自党が何をしたいかはっきりしていれば、他党との相違などどうでもいい話だろう。しかも、「他党と違いをつける」ために「自党を解党する」というのは理解不能だ。

 もちろん政党としては、当面の選挙に勝つことがまず重要で、そのために「他党との違い」を強調しなくてはならない事情もあるだろう。とはいえ有権者にとって重要なのは、「この党は何を実現したいのか」「そのためにどんな活動をしているのか」であって、「この党とあの党はどこが違うのか」ではない。

 選挙に勝つことは大切だろう。しかし「選挙に勝ったら何をするのか」の方がもっと大切だ。それなしに、「リベラル保守」だの「改革保守」だのと言葉を並べても空しいだけである。

 もちろん、現在のように政治不信が募っている時期には、政治哲学は重要だ。「リベラル」や「保守」がどうあるべきかの議論も、その意味では大切である。しかし、それが実際の政治活動や社会運動の活性化につながらず、スローガンや言葉遊びに終始していたら、かえって政治不信が募ってしまう。

 社会学者の日高六郎は、68年に政治の言葉についてこう述べた〈8〉。「名称を考えることより、実体をつくることが肝心だと思う。また大多数の人たちを納得させることができる名称がまだつくられていないということは、じつは実体そのものがふたしかであり、曖昧(あいまい)であるからだと思う」。実体を作れば、名前はおのずとついてくる。言葉をこねくり回して他と差をつけるよりも、まず確かな自己を作ること。それこそが、じつは他者から信頼される近道であるはずだ。

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 〈1〉記事「枝野幸男代表は本当に『リベラル』か?」(週刊朝日11月10日号)

 〈2〉枝野幸男 インタビュー「Hot Issue」(週刊東洋経済11月11日号)

 〈3〉特集「右派×左派」(週刊ダイヤモンド11月18日号)

 〈4〉江田五月古賀誠 対談「“志”なき政治家に日本の未来は託せない」(中央公論12月号)

 〈5〉芹沢功『選挙と政治意識の諸相』(1980年刊)

 〈6〉(順に)松井一郎「代表メッセージ」(日本維新の会ホームページ)/記事「小池百合子知事会見速報」(産経ニュース、9月28日)/長島昭久大野元裕「国民の生命を守るために憲法第九条に自衛権を明記せよ」(中央公論12月号)/安倍晋三憲法改正」(公式サイト)

 〈7〉前原誠司のツイート(10月6日)

 〈8〉日高六郎直接民主主義と『六月行動』」(世界68年8月号)

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 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。スタジオジブリの機関誌「熱風」11月号の座談会で、話題の政策提言書「不安な個人、立ちすくむ国家」を鋭く批判。
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