覚え書:「文化の扉 多彩、文学賞は面白い それぞれ違う方向性・一つの道しるべ」、『朝日新聞』2017年12月03日(日)付。


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文化の扉 多彩、文学賞は面白い それぞれ違う方向性・一つの道しるべ
2017年12月3日

世界の文学賞<グラフィック・福宮千秋>

写真・図版
 来週はノーベル文学賞の授賞式。今年の受賞者は英国の作家カズオ・イシグロに決まった。日本で広く知られている文学賞といえば、このノーベル賞芥川賞ぐらい。でも世界にはおもしろい文学賞がたくさんあるのだ。

 世界が注目するノーベル文学賞。歴史は古く、賞金は約1億2千万円と高い。歴代の受賞者にはトーマス・マン(独、1929年)やカミュ(仏、57年)ら、古典の作家がずらり。英国の首相チャーチル(53年)を回顧録で評価したかと思えば、昨年はボブ・ディランを詩人として選んだ。ノーベル文学賞はサプライズも大好きだ。

 発表が近づくと英国のブックメーカー(賭け屋)は受賞者の予想で盛り上がる。今年はここにカズオ・イシグロの名前はなかった。「フェイクニュースかと思った」と本人も驚く受賞。しかし、兆しはあったのだ。

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 それは「『日の名残(なご)り』でブッカー賞を受けたこと」と都甲幸治・早稲田大教授(米文学)。「英語圏で最も重要な賞。本当に面白い作品が選ばれています」。ナイポール(英)やゴーディマー(南アフリカ)、クッツェー(同)がブッカー賞のあとでノーベル賞を受けていた。

 ノーベル賞のほかにも世界には面白い文学賞がある、と都甲さんは『世界の8大文学賞』(立東舎)を昨秋、刊行した。芥川・直木賞からノーベル賞まで、作家や文学者らとの鼎談(ていだん)スタイルで読みこんでいく。受賞作家は本当にすごいのか、と。

 「世界のトップクラスは複数あって、方向性もそれぞれ違う」。ピュリツァー賞はジャーナリストが作った賞。選考委員にジャーナリストもいるためか、「波瀾(はらん)万丈で面白く、ハッピーエンドの長編が選ばれやすい印象」だそう。同じ米国でも全米批評家協会賞は「ブッカー賞に近く、世界文学のトレンドを押さえている」。

 一時はノーベル賞の前哨戦とささやかれたのがフランツ・カフカ賞だ。イェリネク(オーストリア、2004年)、ハロルド・ピンター(英、05年)は、カフカ賞と同じ年にノーベル賞を受けた。「人道的な作品や社会的なメッセージのある作家を評価しやすい傾向はノーベル賞と似ています」と阿部賢一・東京大准教授(東欧文学)。選考基準はチェコ語の翻訳があること。「実はローカルな賞。プラハという小さな都市から、言語や国の枠組みを超えて文学に光をあてていこうという意思を感じる。ローカルだからこそのまなざしです」

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 文学賞は決まって賛否を伴う。カズオ・イシグロという選択にも、英語圏が続く、欧州中心に戻った、すでにベストセラー作家なのに、という声がある。ディランは言うに及ばず。

 「受賞作が誰にとっても面白いとは限らない」と都甲さんは話す。「同時代の作家を的確に判断することは誰にもできない。だから楽しめなくても悩まないで。ひとつの参考意見ぐらいに受け止め、自分の感覚を失わないでほしい」

 そして書店にもネットにも本は数限りなくある。阿部さんは言う。「文学賞は一つの道しるべ。磁石のように読者をひきよせたり、こんな作家がいると知るきっかけになったりする役割があると思う」(中村真理子

 ■笑いながら読んで 作家・円城塔さん

 生活が変わったのは芥川賞を受賞したときぐらい。『Self−Reference ENGINE』の英語版が米国のフィリップ・K・ディック賞特別賞を受けました。が、現地でも日本でも特に反応はなく。セントルイスの書店で「今年のディック賞」コーナーにあった時はちょっとうれしかった。賞のために書く必要はないけれど、自分の本がほかの受賞作と並び、同じように読まれるという覚悟は必要だと思っています。

 知らない言葉や国の文学を書店で見かけると手に取ってみます。自分から遠い物語は全てがファンタジーで楽しい。一方、調査能力はあがり、誰にでもどんな国のどんな話も書ける時代はもうすぐ。じゃあ文学って何、と思う。僕の小説はわからないとよく言われますが、笑いながら読んでください。どうせほらを書いているんだから。

 <選ぶ> 海外文学を盛り上げようと国内の賞も次々と。本屋大賞翻訳小説部門は2012年〜。今年1位のトーン・テレヘン『ハリネズミの願い』(長山さき訳)は話題に。ツイッターで投票するツイッター文学賞海外部門は11年〜。翻訳家が立ち上げた日本翻訳大賞は15年〜。どちらも読者参加型だ。

 <読む> 何はともあれ読んでみよう。池澤夏樹個人編集「世界文学全集」(河出書房新社)は刺激的な全30巻。ガイドブックなら沼野充義「対話で学ぶ〈世界文学〉連続講義」シリーズ(光文社)や、都甲幸治『今を生きる人のための世界文学案内』(立東舎)など。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「忠臣蔵」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉 多彩、文学賞は面白い それぞれ違う方向性・一つの道しるべ」、『朝日新聞』2017年12月03日(日)付。

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