覚え書:「インタビュー 米中戦争、回避の知恵 ハーバード大学教授、グレアム・アリソンさん」、『朝日新聞』2017年12月22日(金)付。

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インタビュー 米中戦争、回避の知恵 ハーバード大学教授、グレアム・アリソンさん
2017年12月22日

写真・図版
「ツキジデスなら米大統領に助言したでしょう。TPPは中国への対抗手段になると」=ランハム裕子撮影

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 「一帯一路」を足場に影響力を伸ばす習近平(シーチンピン)氏の中国。内向きな「自国第一」を掲げるトランプ氏の米国。古代の戦史家ツキジデスが唱えたように、世界への向き合い方も価値観も異なる新旧の二大国は衝突への道を進むのか。覇権国と台頭国の壮絶な相克の歴史を分析してきた国際政治学者が考える戦争回避の知恵とは。

 ——11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で中国の習近平国家主席が多国間の協調を説けば、トランプ米大統領は「米国第一」を訴えました。米中の立場はすでに逆転したかのようです。

 「日々のニュースや雑音のような事象に埋もれ、見失いがちな潮流を見通すレンズとして提唱したのが『ツキジデスのわな』です。流星のごとく台頭する中国と、挑戦に受けて立つ覇権パワーの米国という基本構造は変わりません」

 「習氏は現代の国際舞台で最も野心的な指導者です。10月の中国共産党大会で最高指導者に再選されただけでなく、後継選びを拒み、党規約に自らの名を冠した思想を盛り込みました。つまり『皇帝』の座に就いたのです。毛沢東以来の強力な指導者の地位を固めたといってもいい。3時間半の活動報告は盛りだくさんでした。党を活性化し、軍を再編し、ロボットから人工知能まで先端技術の先頭にたって経済革命を成し遂げ、中国人としての誇りも取り戻す。今世紀半ばにグローバルリーダーにするという」

 「『一帯一路』の名の下、近隣国を自らの勢力圏に引き寄せる構想は、アジアの地政学的な重心を中国に移したい意思の表れです。地域安定の守護者を自任してきた米国とのあつれきは強まっていくでしょう」

 ——米国と中国は相いれない関係なのでしょうか。

 「米中とも自らを国際社会で特別な存在とみなしている点で共通します。『われわれが他の全てにまさっている』と。しかし秩序のとらえ方は正反対です。中国がヒエラルキー(階層)を通じた調和を国の内外で重んじる半面、米国は『ルールに基づく国際秩序』を求める。中国からすれば『自ら作ったルールを押しつけている』と映るのでしょうが」

 「冷戦が終わり、ソ連が消滅すると、民主主義と自由主義経済の勝利によって歴史は終わったという見方が登場しました。市場に立脚する資本主義が豊かさをもたらし、民主主義を根づかせ、平和をもたらす、と。米ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏は、(ハンバーガーチェーンの)マクドナルドが出店する国同士は戦争しないと主張しました。いま振り返ればナイーブな見方です。その後、中国は国家主導による市場経済モデルを構築し、それをうまく機能させています」

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 ——トランプ大統領は覇権国としての米国の立場を自ら損ねているように見えます。米国が支えた「自由で開かれた、ルールに基づく秩序」も後退していませんか。

 「彼ほど風変わりな現代の大国リーダーは見たことがありません。外交経験はないですが、学ぶのは早いようにみえる。トランプ氏は昨年の大統領選挙で、共和党候補への指名獲得と本選勝利という、人々が「ありえない」と信じた二つを成し遂げました。その自信は計り知れない。自分はあらゆる物事を支配できると考える自信家という点では習氏と共通します。国際交渉にかかわる者は予測できない言動は慎むべきだとの常識も覆しました。むしろサプライズが役に立つと思っている。交渉では即興を駆使し、先を読む才もあります。過小評価は禁物です」

 「米国の民主主義が致死的な兆候を示しているのは心配です。党派的分断が極まり、ホワイトハウスと議会の関係悪化が国の予算や国際合意をもまひさせ、政府への国民の信頼を消滅させている。中国でも個々の市民を追跡監視する中央の官僚機構が、スマホを使いこなす都会の若者層を管理しきれるか。市民が求めるものを提供する機能的な政府システムを築けるかどうかが、長い目で見れば米中双方の最大の課題です」

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 ——米中はいずれ軍事的に衝突するのでしょうか。

 「戦争のリスクは高まりつつあります。ただそれは『ツキジデスのわな』によるもので、トランプ氏の性格の問題ではありません」

 「実は覇権国や台頭国が自らの意思によって戦争で決着をつけようと図ったケースは歴史的には珍しい。むしろ目立つのは覇権国と台頭国の影響下にある第三者が挑発や不測の対応をとり、連鎖反応を引き起こして両者を戦争に引きずり込む例です。その意味で今はきわめて危険です。最大の要因はもちろん北朝鮮です」

 「1年後、北朝鮮は米本土を確実に攻撃できる大陸間弾道ミサイルの実験を完了しているか、それを防ぐため米国が北朝鮮を攻撃しているか。前者を受け入れられなければ後者ですが、米中の戦争を誘発する高いリスクを伴います。私は、トランプ氏と習氏が結束して金正恩(キムジョンウン)氏に核開発をやめさせるわずかな奇跡を祈りたい」

 ——米国の同盟国として日本がとるべき立場は何でしょうか。

 「中国が台頭すればするほど、米国にとって日本との関係強化の重要さはより増します。日本は世界第3の経済規模で、米国とは長く深い同盟関係を築いてきました。安倍晋三首相も北のミサイル実験を含めた自国への挑発行為を、平和憲法を見直す追い風にする姿勢を鮮明にしています。強い日本は歓迎すべきです」

 「ただ同盟というものには二面性があります。米国の立場を強める半面、日本や韓国に扇動する者がいるとリスクになります。米国は日中間にある歴史的な対立や東シナ海の島々をめぐる争いも十分に認識すべきです。日中間の紛争が、米国を戦争に引きずり込む可能性があるからです」

 ——核保有大国同士は戦争しないとの見方があります。今の米中は経済的な結びつきも太い。それでも戦争になりますか。

 「双方が核兵器を持つ場合に軍事力行使に慎重になる面はあるでしょう。しかし1962年のキューバ危機の際、当時のケネディ米大統領は(確率で)3分の1は核戦争になると覚悟しました。20世紀初頭、英国とドイツは経済的に深く依存しあい、だれもが戦争は互いに損と考えていましたが、第1次大戦は起きました。それでも経済的な相互依存は平和的関係を保つ支えにはなります」

 「覇権国と台頭国が利害を共有する基盤を築くのが重要です。協力しなければ一緒に滅びるかもしれない課題、例えば地球温暖化対策です。残念ながらトランプ氏は関心がないようですが」

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 ——戦争を避けるにはどうすればいいのでしょうか。

 「特効薬はありません。『ツキジデスのわな』は診断の手法で、処方箋(せん)ではないからです。しかし運命論、悲観論のように受け止めてほしくはありません。まず中国の台頭が一時的な現象ではなく、慢性の体調変化のように長時間かけて受け入れざるをえないものと理解する必要があるでしょう。どんな危機も甘く見てはいけません。最大限の想像力と慎重さ、柔軟さを駆使して最大限の対応をする。途方もない政治的手腕が求められます」

 「過去500年にあった16事例の『わな』のうち4事例は戦争に至りませんでした。戦争回避は十分に可能です。冷戦中、米ソは『望まない戦争に滑り落ちたり、ふらふらと入り込んだりしないように』との意識を共有しました。意図的な攻撃は止めがたい。だがミスは何としても避けねば、と。ホットラインを引いたり、兵器を制限する協定を交わしたりしました。あの冷戦にも、今に生かせる教訓があります」

 「『過去を記憶できない者が、過去を繰り返す運命に陥る』。哲学者ジョージ・サンタヤナが残した言葉です。歴史上の過ちと成功の両方から学ぶことこそ、戦争のない関係を米中が築く道なのです」

 (聞き手 アメリカ総局長・沢村亙)

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 Graham Allison 1940年生まれ。クリントン政権で国防次官補。新旧大国の対立構図を分析した邦訳「米中戦争前夜」(ダイヤモンド社)が11月に出版。
    ーー「インタビュー 米中戦争、回避の知恵 ハーバード大学教授、グレアム・アリソンさん」、『朝日新聞』2017年12月22日(金)付。

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(インタビュー)米中戦争、回避の知恵 ハーバード大学教授、グレアム・アリソンさん:朝日新聞デジタル