覚え書:「文化の扉 吹き替え、声の名演技 自然な日本語で・はまり役に熱烈ファン」、『朝日新聞』2017年12月24日(日)付。


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文化の扉 吹き替え、声の名演技 自然な日本語で・はまり役に熱烈ファン
2017年12月24日
 
グラフィック・米沢章憲   
 
 あなたは吹き替え派、それとも字幕派? 吹き替えは、個性と表現力豊かな声優、熟練のスタッフらプロの技の結晶だ。吹き替えを愛する人たちの声に耳を傾けよう。その奥深さにたちまち魅了されるはず。

 アラン・ドロンオードリー・ヘプバーンが日本語で愛を語り、泣いたり笑ったり……。

 今は「外国映画は字幕派」という人の多くが、かつてテレビで外国のドラマや映画の吹き替えに親しんでいただろう。

 吹き替えでは、オリジナル版の口の動きと場面の流れに合わせ、自然な日本語で表現することが求められる。吹き替え制作大手の東北新社のチーフトランスレータ佐藤恵子さんは「音だけきいたら、日本のドラマだと思われるほど違和感がない訳を目指してきた」と語る。

 同社で長年吹き替えの演出をする伊達康将さん(68)は、「日本語には同音語が多い。例えば後進、行進、更新。字幕だと漢字で分かるが、吹き替えだと意味がすぐ伝わらない」と難しさを語る。テレビの実況中継など、背景の音声も日本語に置き換える。伊達さんは「オリジナルの世界観を尊重しつつ、日本人がみて楽しめる吹き替えを心がけている」という。

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 映像に集中したい吹き替え派と、俳優の声を楽しみたい字幕派。両者の仁義なき論争は60年にわたり続いている。

 吹き替えに詳しい漫画家、とり・みきさんの『とり・みきの映画吹替王』(洋泉社)によると、1957年に日本テレビで「ヒッチコック劇場」などの大人向け作品を吹き替えで、NHKでコメディー「アイ・ラブ・ルーシー」を字幕で放映したところ論争が起きたという。

 その後、テレビでは吹き替えが、映画館では字幕の時代が続いた。だが2000年代になり、多スクリーンのシネコンが全国に普及。大作を中心に吹き替え版も上映されるようになった。字幕では1秒につき4文字が目安。だが近年は場面の切り替えやセリフのスピードが速い映画が増え、SFやファンタジーを中心に吹き替えの情報量の多さが見直されている。

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 クリント・イーストウッド山田康雄、「ウチのかみさんがね」が決まり文句だった刑事コロンボピーター・フォークには小池朝雄……。「この俳優には、この声」というはまり役の声優は業界で「フィックス」と呼ばれる。懐かしさもあいまって、今も熱烈なファンがいる。

 近年、往年の吹き替え版に再び注目が高まっている。CSやBSの映画チャンネルでは、フィックス声優が吹き替えた作品の特集放送を目玉に。20世紀フォックスなど大手映画会社も、テレビ版の吹き替えの復刻を目玉にしたソフトを発売する。

 音源の復刻を手がけるフィールドワークス社の藤村健一プロデューサー(50)は「2000年代以前にテレビで放送された映画の吹き替えの音源の多くが行方不明だ」と語る。同社では一般に呼びかけ、家庭のビデオテープなどに残された音源から復刻している。藤村さんは自身で約2千作の吹き替え版映画を録画したほどの愛好家だ。「声優や演出の力で、時にはオリジナルよりも面白くできるのが吹き替え版。幅広い世代に魅力を知ってほしい」と語る。(伊藤恵里奈)

 ■イタリア語の三船 漫画家・ヤマザキマリさん

 子供の頃、テレビで外国映画を吹き替えでみていました。吹き替えは海外との距離感を一気に狭めてくれた。格好をつけて字幕でみた時期もありましたが、17歳でイタリアに渡り、すっかり吹き替え派に。

 イタリアではメジャーな外国映画は吹き替えで上映されます。私はイタリアで黒澤明監督の作品をみました。特に三船敏郎の声にはイタリア語がしっくりきます。

 映画はフィクションの世界。スクリーンの向こう側にある異文化を、プロの声優がどう表現するのかを楽しみたい。吹き替えの方が、映画の世界に断然没入できます。

 ただしドキュメンタリーや報道は別です。日本のテレビ番組では、外国人が妙にフレンドリーだったり、逆に見た目が田舎っぽい人だと「ワシは」と言わせたり……。腑(ふ)に落ちないことが度々あります。

 <読む> 「猿の惑星」シリーズなどの懐かしの名作の吹き替え版を復刻する20世紀フォックスの「吹替の帝王」シリーズ。

 公式サイト(http://video.foxjapan.com/library/fukikae/別ウインドウで開きます)のコラムやインタビューが充実しており、読むだけでも楽しい。
    −−「文化の扉 吹き替え、声の名演技 自然な日本語で・はまり役に熱烈ファン」、『朝日新聞』2017年12月24日(日)付。

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