覚え書:「永く愛される大家ふたり 池波正太郎と藤沢周平」、『朝日新聞』2017年12月26日(火)付。


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永く愛される大家ふたり 池波正太郎藤沢周平
2017年12月26日


 池波正太郎(1923〜90)と藤沢周平(1927〜97)。今年は大家それぞれにとって、節目の年だった。池波は『鬼平犯科帳』の連載開始から50年で、鬼平がテレビアニメに。藤沢は没後20年で、若き日の手帳が公になった。人々の心を照らす2人の作品。そのいまを垣間見る。(木元健二)

 ■池波正太郎 鬼平50年、アニメ化も

 『鬼平犯科帳』は、江戸時代の火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)長官、長谷川平蔵を主人公にした連作短編の捕物帳。「オール読物」に連載され、全24巻の文庫に収められている。

 版元の文芸春秋によると、『鬼平犯科帳』の累計部数は約2800万部。決定版を売り出したこの1年で100万部近く伸びた。担当の彭(ほう)理恵さんはアニメ「鬼平」が今年1月からテレビ東京系で放映されたことが影響しているとみる。「20代からお便りが届くようになった」。オフィス池波の石塚晃都(あきと)さんは「SNS上の若い世代の反応も悪くなかった」と語る。

 「鬼平」のプロデューサー、長谷川良太さんは池波が他界した90年生まれ。5年ほどかけてアニメ化に挑んだ。「いま鬼平のように、仕事ぶりに重みがあり、遊ぶときは豪快に、という上司を見かけない。だから若い世代の心をつかめたのかもしれません」

 オフィス池波によると、池波の著作は文庫本ベースで、小説とエッセーなど計126タイトル。近年ほぼ変わらない点数を保っているという。

 「没後四半世紀以上たち、これだけの点数が残っているのは驚異的」。69年から出版社編集者を務め、池波の担当だった鈴木文彦さんは言う。「鬼平は人間的魅力で密偵らを縦横に使い、突破力にあふれた行動で事件を解決する。とかくマニュアルを見せられ、効率優先を求められる現代人にとって、いっそう痛快に見えるのかもしれません」

 ■藤沢周平 没後20年、手帳が公に

 「藤沢作品の特長はしみじみとした情感」と藤沢さんの担当も務めた鈴木さんは言う。「江戸市井ものと言われる庶民の暮らしを描いた作品には私小説風なものもあると言っていた。身辺に起きた様々な悲しみをとらえ、時代を変えて織りこんだ。その現代性が色あせない魅力の一つでしょう」

 藤沢は故郷で中学校教員になったが、結核に侵され、業界紙記者に転じた。結婚し、ようやくひとり娘を授かると、妻をがんで失う。「後追いもよぎったようですが、私がいたことで踏みとどまってくれた」。ひとり娘の遠藤展子さんは語る。今秋、『藤沢周平 遺(のこ)された手帳』(文芸春秋)を出版。デビュー前後13年間の胸の内をつづった手帳とノートの内容を公表し、娘の思いをつづった。

 「父は若い頃、普通の暮らしをしたくてもできなかった。そんな苦労をしたから、作家になっても、コツコツと働く職人のような、普通の人が好きだった。だからこそ作品を読んだ普通の人に、どこか同じものを感じてもらえるのでは」

 藤沢周平事務所によると、藤沢作品は文庫本ベースで小説とエッセーなど計81タイトル。「文庫化される作品もあり、むしろ増えている」と展子さんの夫遠藤崇寿(ただし)さん。生誕90年記念の展覧会が来年2月10日から東京・練馬の石神井公園ふるさと文化館で開かれる。

 ■語って説かず

 作家逢坂剛さんの話 ストーリーテリングの巧みさで人気を博した作家は昔からいたが、いつしか忘れられた。そんな中、同時には備わりにくい特長が、池波・藤沢作品に共通してある。文章の構造がしっかりしていること。かつ庶民の理不尽さへの怒り、といった人情の根源をつかんでいること。それでいて語って説かず。つまり説教臭くないこと。だから世代を問わず、親しまれやすい。これだけ読み継がれる作家は、もう出ないかもしれませんね。
    −−「永く愛される大家ふたり 池波正太郎藤沢周平」、『朝日新聞』2017年12月26日(火)付。

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永く愛される大家ふたり 池波正太郎と藤沢周平:朝日新聞デジタル