覚え書:「政治ジャーナリズム、あるべき姿は ジェフ・キングストン氏に聞く」、『朝日新聞』2017年08月22日(火)付。
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政治ジャーナリズム、あるべき姿は ジェフ・キングストン氏に聞く
2017年8月22日
ジェフ・キングストン氏
日本の政治ジャーナリズムはどうあるべきか——。今年6月、国連人権理事会で報告書を発表したデービッド・ケイ氏(米カリフォルニア大教授)は政府の報道関係者への圧力を懸念する一方、メディアの政府からの独立性について問題点を指摘した。日本の「報道の自由」をテーマにした編著もあるジェフ・キングストン米テンプル大日本校教授(現代アジア史)に聞いた。
■日本メディア、「番犬」の役割果たせ
——ケイ氏は国連の「表現の自由の促進」に関する特別報告者として、権力との距離についてメディア側に警鐘を鳴らしました。
「ケイ氏の報告書は日本のジャーナリストへのインタビューをもとに書かれたもので、日本の姿をよく反映していると思う。日本メディアが直面する問題について、合理的でバランスのとれた評価をしている」
——日本のメディアの問題は何だと考えますか。
「ケイ氏が驚いたのは、調査した記者たちが『匿名』を希望したことだ。日本では記者が権力批判をしても殺害されたり、投獄されたりしない。ただ、総務相が放送法に基づく電波停止の可能性に言及するなど政府はメディアを萎縮させる力を持っている。そのために、自ら属する組織の上層部からも圧力がかかる。日本メディアの最大の問題は報道を自粛してしまう傾向があることだ」
——なぜ、自粛してしまうのでしょうか。
「ケイ氏は記者クラブの問題に焦点を当てたが、主流メディアが記者クラブを好むのは、非主流メディアを締め出し、当局への特権的なアクセスを確保できるからだ。だからこそ政権を怒らせれば当局へのアクセスを失うと過度に恐れ、自己検閲に陥るのだと思う」
「ケイ氏が指摘した『アクセスジャーナリズム』の体質は、『ウォッチドッグ(番犬)』ジャーナリズムではなく『ラップドッグ(愛玩犬)』ジャーナリズムをもたらしていると思う。記者クラブで特別待遇を受けながら政府に都合の良い情報を報じ、リスクをとりたがらない記者が増えていると思う。メディア幹部も安倍晋三首相とゴルフをしたり、食事をしたがったりしているように見える。権力と対峙(たいじ)する覚悟がみえてこない」
——米国のジャーナリズムとの違いを感じますか。
「米国ではかつてないほどメディア不信が高まっているが、まだまだ力強い報道の自由はあると思う。トランプ大統領は常にメディア攻撃をするが、メディア側は『OK、かかって来い。受けて立つぞ』というファイティングポーズを取っている」
——日本のメディアにとって、最も重要なことは何ですか。
「メディアの真の責任とは、政府が知らせたくないニュースを人々に知らせることだ。メディアが口輪をはめられてしまえば、ほえられなくなる。国民の知る権利が脅かされれば健全な民主主義社会の基盤は揺らぐ。日本のメディアにとって必要なのは『ラップドッグ』ではなく、『ウォッチドッグ』としての役割を果たすという、ジャーナリズムの原理原則を貫くことだと思う」
(聞き手・園田耕司、下司佳代子)
*
米テンプル大日本校教授。専門は現代アジア史。欧米メディアでの論説や書評多数。編著に「PRESS FREEDOM IN CONTEMPORARY JAPAN(現代日本における報道の自由)」など。60歳。
◆キーワード
<「表現の自由」国連特別報告者による訪日調査> 国連人権理事会から任命された「表現の自由の促進」に関する特別報告者デービッド・ケイ氏が今年6月、同理事会で報告した。ケイ氏は昨年4月に来日し、政府関係者や報道関係者らから聞き取りを行い、報告書をまとめた。報告書では「政治的公平性」を求めた放送法4条など、政府・自民党による放送メディアへの圧力をはじめ記者クラブ制度の排他性を指摘。政府の歴史教育への介入や特定秘密保護法についても強い懸念を示した。政府は「不正確・不十分な理解や根拠不明な記述に基づいている」などと反論している。
−−「政治ジャーナリズム、あるべき姿は ジェフ・キングストン氏に聞く」、『朝日新聞』2017年08月22日(火)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S13097042.html
覚え書:「古典百名山 トクヴィル「アメリカのデモクラシー」 大澤真幸が読む」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。
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古典百名山 トクヴィル「アメリカのデモクラシー」 大澤真幸が読む
古典百名山
トクヴィル「アメリカのデモクラシー」 大澤真幸が読む
2018年01月21日
Alexis de Tocqueville(1805〜59)。仏の政治思想家
■「平等」であることへの執着
フランス革命が終結してから6年後に生まれた、フランスの名門貴族の息子アレクシ・ド・トクヴィルは、1831年に、アメリカで9カ月間の視察旅行を行った。このときの体験をもとに書いたのが『アメリカのデモクラシー』である。アメリカの政治家はしばしば、演説で本書の一節を引用する。
26歳のトクヴィルは、アメリカ社会に衝撃を受けた。アメリカはデモクラシーの最も発達した国であり、デモクラシーこそ人類の共通の未来である以上、アメリカはフランスの未来である、と。日本人から見れば、革命によって絶対王制を倒し、人権宣言を発したフランスはデモクラシーの先輩だが、そのフランスに属する者が、アメリカに、自分たちとは異なる進歩的要素を見たところが興味深い。
特にトクヴィルが強い印象をもったのは、平等であることへのアメリカ社会の強い執着だ。ここで言う「平等な社会」とは、無条件の不平等性がいかなる意味でも正当化されない社会という意味である。革命後も貴族制(アリストクラシー)の根を断ち切れないフランスとはまったく違っていた。
あるいは、結社による社会活動が盛んなことにも、トクヴィルは驚嘆している。フランスでは、結社はたいてい特権集団であり、自由な職業活動の敵だった。ところが、アメリカでは、結社が自由を促進し、デモクラシーを補完している。
宗教に対する感覚の違いにも注意が払われている。アメリカには、聖職者が公職に就くことを禁ずるなど厳格な政教分離の原則があるのに、政治の場に宗教的観念が浸透することをアメリカ人は少しも恐れていない。
これらのトクヴィルの観察は、現在の観点から振り返っても実に的確だ。それだけになお、私たちは今日、より深い疑問の前に立たされる。たとえば、フランス人を賛嘆させたほど平等指向が強いアメリカに奴隷制や人種差別があったのはどうしてなのか。今日のアメリカに非常に大きな経済格差があるのはどうしてなのか。(社会学者)
−−「古典百名山 トクヴィル「アメリカのデモクラシー」 大澤真幸が読む」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。
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「平等」であることへの執着 トクヴィル「アメリカのデモクラシー」|好書好日
覚え書:「ひもとく 犬の物語 何も話さないその姿が切ない 町田康」、『朝日新聞』2018年01月14日(日)付。
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ひもとく 犬の物語 何も話さないその姿が切ない 町田康
ひもとく
犬の物語 何も話さないその姿が切ない 町田康
2018年01月14日
「スピンク日記」シリーズ最終巻『スピンクの笑顔』(町田康著)は突然の別れが=町田さん撮影
犬と暮らすのは楽しい。だったらそれだけでよいようなものだけれども、そうなってくるとこんだ犬が出てくる本を読みたくなってくる、それで読んだのは例えば、藤野千夜の『親子三代、犬一匹』(朝日新聞出版・品切れ)で、犬と暮らす一家の物語である。家族の、ともすれば崩れて離ればなれになってしまいがちな心を支えているのは、マルチーズのトビ丸である。訳のわからない愛(いと)おしさが身の内にあふれる。犬は待っている。行ったことを恨みに思わないで帰ったことを喜ぶ。犬の心で生きたいものである。
犬の心と言えば『犬心(いぬごころ)』という本がある。書いたのは詩人の伊藤比呂美である。犬には何世代にわたって積み重なってきた犬の心がある。それはどんなに訓練しても克服しきれない心で、人と一緒に居ることが好きで自らそれを選び楽しんでいる犬はその心と犬心の間で揺れる。
人はそれを見て切ない気持ちになる。なぜなら人間のなかにも理屈で割り切れない心の働きがあるからで、それはときに非常識であったり不道徳であったりして、人の世で人はその心に苦しむ。ただし人間は言葉を話す。なのでその苦しみを言葉に置き換えて少し楽になることができる。だから黙って、なにも話さないで生きる犬の姿を見て、自分を重ね合わせて切ない気持ちになるのである。
■早回しで老いて
そして犬も人間も老い、これまでできていたことが段々できなくなっていって、それがきわまったときに死ぬのだけれども、問題は犬の方が私たちよりも遥(はる)かに早く、まるで早回しのように老いて死ぬということで、犬と暮らすとき私たちはこのこと、すなわち、いままでここにいてなにか感じたり考えたりして、自分を喜ばせていたり悲しませていたりした者の、その意識がこの世から消えてなくなること、について考えざるを得ない。そして叫びたくなる。「だったらなんなのか。生きているってなんだったのか」と。
ここで作者もそのことを言葉で書いている。言葉として表している。それは言葉の奥にある意味や響き、その言葉に人が託してきた生々世々(しょうじょうせぜ)の心にまで分け入って生きて戻ってきた人の言葉で、その一見、平易な言葉の向こう側に膨大な心があるのが見える。言葉において犬の心と人の心が交わる。
犬は人間に運命を左右される。人は犬をどうとでもできる。それが物語ならなおさらである。だから物語では、犬が人の犠牲になって死ぬことが多いし、それが尊いこととされる。或(ある)いは感動的だと。しかし考えてみればこれはひどい話で、自己都合で勝手に殺しておいて、勝手に可哀想だとか言って泣いている。
そんななか太宰治が書いた、「畜犬談」はその逆で、犬によって人が変わる話である。犬が心底恐ろしいという語り手の大袈裟(おおげさ)な言葉遣いとそのねじ曲がった心理に爆笑しながら読み進めるうち急激に抜き差しならないことになって、ああああっ、心臓が痛くなるのは作者の技巧だが、その結末には人間のぎりぎりの決意、最後の最後に神に問われる決意のような真正なものが確実にあるように思われる。
■星の光のような
犬は時間を持たないというが、そんなことはないように思う。多分、犬は時間を持っている。でもそれは人間が感じている時間とはよほど違う犬独自の時間に違いなく、でも実際にそれがどんな時間感覚なのかは想像もつかないが、山下澄人の『ルンタ』を読むと、もしかしたら犬が感じている時間はこの小説のなかの時間なのではないかな、と思う。星の光のような。現在と過去が同時にあるような。ならばいない犬のことを思って気が楽だ。でも涙が流れる。なぜだ?
◇
まちだ・こう 小説家 62年生まれ。『ホサナ』『生の肯定』。
−−「ひもとく 犬の物語 何も話さないその姿が切ない 町田康」、『朝日新聞』2018年01月14日(日)付。
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覚え書:「ひもとく エルサレムの首都問題 米大統領がタブー破った背景 立山良司」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。
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ひもとく エルサレムの首都問題 米大統領がタブー破った背景 立山良司
ひもとく
エルサレムの首都問題 米大統領がタブー破った背景 立山良司
2018年01月21日
エルサレムで、米国とイスラエルに抗議する人たち=2017年12月15日
エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、国際政治の焦点でもある。19世紀には西洋列強が「聖地管理権」を掲げてしのぎを削り、20世紀になるとユダヤ、パレスチナ双方のナショナリズムの象徴となった。現在は米国の内政・外交のホット・イシューだ。
エルサレムの最終的な地位は国連決議などの交渉で決めるとして、国際社会は一方的な変更を認めてこなかった。現状維持こそ、象徴が持つ爆発力を制御する最善の策だった。米国も同じ立場だった。
しかし、トランプ米大統領は昨年12月初め、エルサレムをイスラエルの首都と認め、テルアビブにある米大使館をエルサレムに移す、と宣言した。この首都公認と大使館移転は、米大統領選挙での公約の決まり文句だったが、誰も実行してこなかった。トランプ氏はそのタブーを破ったのである。
■分断から再統一
エルサレムは、第一次中東戦争(1948−49年)で、イスラエルとヨルダンによって東西に分断された。のちに第三次中東戦争(67年)で、イスラエルが東側を占領し再統一した。イスラエルは独立以来、首都としているが、国際社会やパレスチナ側は首都と認めていない。
エルサレムは変貌(へんぼう)を続け、今や休戦ラインがどこにあったのかを確認することも難しい。
そんな分断の始まりから現代までをルポ風に描いたのが、ディーオン・ニッセンバウムの『引き裂かれた道路』である。本書の舞台アサエル通りは休戦ライン上にあり、かつては分断の最前線だった。特派員時代にここに住んだ著者は、通りを挟んだユダヤ、パレスチナ双方の住民の70年間を、丹念な聴き取り調査に基づいてビビッドに描いている。
銃撃戦や国連による仲介、ユダヤ人入植者の侵入、イスラエルのスパイとなったパレスチナ人の悲哀、「テロを防ぐ」として建設された壁によって隔絶されたパレスチナ人家族など、現実は厳しい。聖地での日常生活はすべて政治性を帯びている。
■対立する「記憶」
その政治性を基調テーマにしたのが、アモス・エロンの『エルサレム』である。副題「記憶の戦場」が示すように、この地では様々な集団の記憶が蓄積され対立する。エロンは現代を描きながら、歴史との間を自由に往復し、政治と宗教が「ラオコーンの海蛇」のように絡み合い積み重なった、記憶の層を掘り起こしている。記述はかなり客観的だが、時折ユダヤ人の視点が出てくることは否めない。
エルサレムの理解にはパレスチナ問題の知識が欠かせない。臼杵陽『世界史の中のパレスチナ問題』は、歴史的、宗教的な背景を含め、全容をコンパクトに描いている。エルサレムについても随所で取り上げている。
この本でも触れられているが、明治・大正期の文豪でキリスト教徒だった徳富蘆花(健次郎)は1906年、トルストイに会いに行く途次、オスマン帝国支配下のエルサレムに滞在している。帰国後に出版された『順礼紀行』が、89年に中公文庫から復刻された(現在は品切れ)。蘆花は国際政治の渦巻く現実に時に失望しながらも、近代都市へと変化するエルサレムの様子を詳細に描いていて、当時の街並みを彷彿(ほうふつ)させる。
今回、国際的な批判にもかかわらずトランプ氏が公約実行に踏み切ったのは、彼の「岩盤支持層」といえる白人福音派(エヴァンジェリカル)の歓心を買うためだった。マーク・R・アムスタッツの『エヴァンジェリカルズ』(加藤万里子訳、太田出版・2916円)は、福音派がイスラエルを支持する信仰的な背景を含め、福音派全般の動向や米国外交との関係を知るための良書である。
◇
たてやま・りょうじ 防衛大学校名誉教授(中東現代政治) 47年生まれ。著書に『エルサレム』『ユダヤとアメリカ』など。
−−「ひもとく エルサレムの首都問題 米大統領がタブー破った背景 立山良司」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。
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覚え書:「書店ゼロの街、2割超 420市町村・行政区」、『朝日新聞』2017年08月24日(木)付。
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書店ゼロの街、2割超 420市町村・行政区
2017年8月24日
書店が地域に1店舗もない「書店ゼロ自治体」が増えている。出版取り次ぎ大手によると、香川を除く全国46都道府県で420の自治体・行政区にのぼり、全国の自治体・行政区(1896)の2割強を占める。「文化拠点の衰退」と危惧する声も強い。▼3面=かすむ存在感
トーハン(東京)の7月現在のまとめによると、ゼロ自治体が多いのは北海道(58)、長野(41)、福島(28)、沖縄(20)、奈良(19)、熊本(18)の順。ほとんどは町村だが、北海道赤平市、茨城県つくばみらい市、徳島県三好市、熊本県合志(こうし)市など7市や、堺市美原区、広島市の東・安芸両区の3行政区もゼロだ。
出版取り次ぎ大手・日本出版販売(東京)の別の統計では「書店ゼロ自治体」は4年前より1割増えた。
全国の書店数は1万2526店で、2000年の2万1654店から4割強も減った(書店調査会社アルメディア調べ、5月現在)。人口減や活字離れがあるほか、書店の売り上げの6〜7割を占める雑誌の市場規模は10年前の6割に縮小。紙の本の市場の1割を握るアマゾンなど、ネット書店にも押される。経営者の高齢化やコンビニの雑誌販売なども影響する。
日本出版インフラセンターの調査では、過去10年で299坪以下の中小書店は減少したものの、300坪以上の大型店は868店から1166店に増加。書店の大型化が進む。
■「文化拠点残して」
作家で、文字・活字文化推進機構(東京)副会長の阿刀田(あとうだ)高さんは「書店は紙の本との心ときめく出会いの場で、知識や教養を養う文化拠点。IT時代ゆえに減少は避けられないが、何とか残していく必要がある」と話す。
(赤田康和、塩原賢)
■書店ゼロ自治体の数
北海道 58
青森 12
岩手 7
宮城 6
秋田 9
山形 10
福島 28
茨城 3
栃木 2
群馬 13
埼玉 9
千葉 8
東京 9
神奈川 4
新潟 4
富山 2
石川 1
福井 3
山梨 8
長野 41
岐阜 6
静岡 4
愛知 2
三重 7
滋賀 2
京都 4
大阪 5
兵庫 2
奈良 19
和歌山 9
鳥取 4
島根 4
岡山 3
広島 3
山口 4
徳島 7
香川 0
愛媛 3
高知 15
福岡 17
佐賀 4
長崎 3
熊本 18
大分 1
宮崎 8
鹿児島 9
沖縄 20
(トーハン調べ。7月末現在)
−−「書店ゼロの街、2割超 420市町村・行政区」、『朝日新聞』2017年08月24日(木)付。
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書店ゼロの街、2割超 420市町村・行政区:朝日新聞デジタル