覚え書:「社説 戦時徴用船 民間の悲劇を語り継ぐ」、『朝日新聞』2017年08月26日(土)付。


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社説 戦時徴用船 民間の悲劇を語り継ぐ
2017年8月26日

 終戦から72年。この夏も各地で戦没者を追悼する集いがあった。広島、長崎の被爆者に沖縄戦や空襲の被害者。民間人を戦争に巻き込み大勢の犠牲者をうんだ惨劇として、戦時徴用船の記憶も後世に語り継ぎたい。

 海運会社の商船は国家管理となり、日本軍の作戦に沿って兵士や武器、軍需物資の輸送にあてられた。

 船員もともに動員され、十分な護衛もないまま、危険な海域での任務を強いられた。「丸腰」の船は米軍の潜水艦や飛行機の標的となり、多くが雷撃や爆撃で海中に沈んだ。

 神戸港のそばに、「戦没した船と海員の資料館」がある。徴用船の悲劇を伝える「海員不戦の誓い」の場にと、全日本海員組合が17年前に開設した。

 終戦の日、資料館で戦没船員の慰霊式が開かれ、元船員や遺族らが黙祷(もくとう)を捧げた。

 森田保己(やすみ)組合長は式典で「もう二度と国家の徴用や類似する要請によって危険な場所に行かない、行かせない、と心に刻みたい」と語った。

 東京から参列した飯田尚世(ひさよ)さん(80)の父、眞柳照乎(まやなぎてるお)さんは1944年、機関長として乗務した徴用船「崙山丸(ろんざんまる)」が鹿児島県徳之島沖で米潜水艦の魚雷を受け、戦死した。36歳だった。

 眞柳さんは神戸高等商船学校(現・神戸大海事科学部)を卒業後、あこがれの外洋航路の船乗りになった。神戸の自宅に戻るとよく、洋楽のレコードを聴いていたという。

 今年2月、飯田さんは命日にあわせて徳之島沖の海上へ行った。父の好物だったコーヒーを波間に注ぎ、「悔しかったでしょう」と声をかけた。

 飯田さんの孫で上智大生の松本日菜子さん(22)は1年前、親類らにインタビューを重ねて「軍属だったひいおじいちゃん」という映像作品を作った。ナレーションでは「もし戦争がなかったら、もし軍属でなかったら、彼は世界中の海を回っていたのでしょうか」と語る。

 資料館によると、戦争中、7千隻超の民間船舶が失われ、戦没した船員は約6万600人。船員の死亡率は推計で43%にのぼり、2割ほどとされる陸海軍人を上回る犠牲をうんだ。

 中国大陸から東南アジア、南洋諸島まで日本は戦線を拡大する一方、軍事物資の補給・輸送は民間を動員して解決しようとした。大勢の戦没船員は、無謀な国策が招いた被害といえる。

 戦争ではしばしば民間も「協力」を迫られ、犠牲を強いられる。過去の出来事ととらえず、歴史の教訓としたい。
    −−「社説 戦時徴用船 民間の悲劇を語り継ぐ」、『朝日新聞』2017年08月26日(土)付。

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(社説)戦時徴用船 民間の悲劇を語り継ぐ:朝日新聞デジタル



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覚え書:「いわさきちひろ―子どもへの愛に生きて [著]松本猛」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。


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いわさきちひろ―子どもへの愛に生きて [著]松本猛
 
[掲載]2017年12月17日

■賢治の言葉で共産主義に共鳴

 1946年1月、長野県の松本で日本共産党の演説会が行われた。民主主義について語る弁士の演説を、フレアスカートを着てつば広の帽子をかぶった若い女性が熱心に聴いていた。彼女はその後に開かれた座談会にも、女性として唯一参加した。のちに共産党に入り、絵本作家になるいわさきちひろであった。
 本書は、ちひろと共産党の代議士となる松本善明の間に生まれた息子、猛が描き出したちひろの評伝である。ちひろが共産党に入ったのは、疎開先の安曇野で触れた宮沢賢治の著作が影響していた。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という賢治の言葉が、共産主義への共鳴につながったというのだ。
 敗戦後、上京した日に泊めてもらった丸木俊との出会いも興味深い。俊もまた夫の位里と共産党に入り、西武池袋線椎名町に近い「池袋モンパルナス」で絵を描いていた。ちひろが絵本作家として成長していった背景には、俊の一貫した支援があった。ちひろは善明と結婚してから西武新宿線の上井草に終(つい)の住処(すみか)となる家を構えるが、ほぼ同じ頃に俊も池袋線石神井公園の近くに移住する。
 ところが、ちひろと俊では作風がまるで異なっていた。「原爆の図」を位里とともに描く俊に対して、ちひろは広島を訪れても子どもたちのことが浮かび、原爆資料館に入ることすらできない。だが、戦争を題材にしなかったわけではない。ベトナム戦争に巻き込まれる子どもや母親を多く描いているからだ。
 俊は、1964年に部分的核実験禁止条約の評価をめぐって共産党と立場を異にしたことから、党を除名される。一方、ちひろは善明が選挙に出るさい、党が生活を守ると約束し、ずっと党にとどまった。まるで姉妹のようだといわれた二人の間にいったい何があったのか。著者が触れなかった空白の大きさが、かえって強く印象に残った。
    ◇
 まつもと・たけし 51年生まれ。美術・絵本評論家、作家、横浜美術大客員教授安曇野ちひろ美術館などの前館長。
    −−「いわさきちひろ―子どもへの愛に生きて [著]松本猛」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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覚え書:「光の犬 [著]松家仁之 [評者]市田隆(本社編集委員)」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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光の犬 [著]松家仁之
[評者]市田隆(本社編集委員)
[掲載]2017年12月17日

■生と死で紡ぐ、ある家族の記憶

 北海道東部の架空の町・枝留(えだる)を主な舞台に、明治から平成の世に至る3代の添島家の人々と、飼われていた4代の北海道犬の軌跡をたどった物語。
 百年以上にわたる三代記といえば、波瀾万丈(はらんばんじょう)のストーリーを予想するかもしれないが、かなり様相が異なる。普通の人々がそれぞれに生きて、連関していく様が丹念につづられ、静かな感動を呼び起こす。添島家の営みを包んでいる、道東の広々とした自然の冷えた大気の感触も小説から伝わってくるようだった。
 関東大震災を機に東京から移り住んだ薄荷(はっか)工場役員眞(しん)蔵と助産婦よねの夫婦。4人の子供のうち一枝、恵美子、智世の3姉妹は独身で、この家で長く暮らす。唯一の男性で川釣りと北海道犬を愛す眞二郎と職場結婚の登代子の夫婦には、姉の歩、弟の始という子供がいた。犬たちは、彼らのささやかな喜び、不安や悲しみを知っているかのように寄り添っている。
 著者の描き方は、虫眼鏡で地面に目をこらしたり、望遠鏡で地平線に目をやったりと、長い歳月の中で家族の様々な姿に自在に焦点を合わせ、のぞき込んだ読者を引き込んでいく。
 生と死の繰り返しを意識させる場面が随所にある。大学生の歩が教授に、人間の体は「燃やされれば灰になります」と話すと、教授は「わたしもあと十年くらいしたら、灰だ」。また、天文台の研究者になった歩が、生前の記憶がない祖母よねたちの仏壇写真を見て「そこで時間が止まっている」と思う。その一方で、町の牧師の息子・一惟と歩の淡い恋が、生命の一瞬の輝きに感じられた。
 ただ、その美しさだけではない。50歳を過ぎた弟の始が大学教授を辞めて地元に戻った時、両親やおばたちの老いに向き合い、介護に忙殺される。老いのむごさも、生の一つの断面だ。
 読者はこの家族の物語を読み終えると、自分の人生を振り返り、思いふけることになるだろう。
    ◇
 まついえ・まさし 58年生まれ。作家。著書に『火山のふもとで』(読売文学賞)、『沈むフランシス』など。
    −−「光の犬 [著]松家仁之 [評者]市田隆(本社編集委員)」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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覚え書:「文庫この新刊! 池上冬樹が薦める文庫この新刊!」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。

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文庫この新刊! 池上冬樹が薦める文庫この新刊!

文庫この新刊!
池上冬樹が薦める文庫この新刊!
2018年01月21日
 (1)『西東三鬼全句集』 角川ソフィア文庫 1339円
 (2)『七十句/八十八句』 丸谷才一著 講談社文芸文庫 1512円
 (3)『ウホッホ探険隊』 干刈あがた著 河出文庫 540円
    ◇
 (1)は、「十七文字の魔術師」と称された新興俳句の旗手の全句集。貴重な自句自解(第2次世界大戦前後の生活と心象を綴〈つづ〉り秀逸)を収録した完全版。「水枕ガバリと寒い海がある」「中年や遠くみのれる夜の桃」など鮮やかなイメージの衝突と句の底から光りだすエロスが魅力的だ。
 (2)は、古希と米寿を記念して編まれた句集2冊に、岡野弘彦長谷川櫂と巻いた歌仙と、岡野と長谷川の語り下ろし対談を併録。丸谷がここまで伸びやかに愉(たの)しく俳句を作っていたとは。滑稽に遊び、人情の機微を捉え、さらりと自らをくすぐる。死が目前の最晩年の心境も味わい深い。
 (3)は、1984年に刊行された小説の復刊。“離婚ていう、日本ではまだ未知の領域を探険する”ひとつの家族の物語であるが、34年たってもいまだに古びず、むしろ心をふるわせて読むのは、別れて生きていくことの辛さ、不安、寂しさをユーモアに変えて丁寧に掬(すく)いあげているからである。こんなに面白く、切なく、愛嬌(あいきょう)豊かな小説は珍しいだろう。
 (文芸評論家)
    −−「文庫この新刊! 池上冬樹が薦める文庫この新刊!」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。

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覚え書:「天声人語 関東大震災の教訓」、『朝日新聞』2017年08月26日(土)付。

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天声人語 関東大震災の教訓
2017年8月26日

 関東大震災の混乱のさなか、ある銀行員が見聞きしたことである。広場で群衆が棒切れを振りかざしている。近づいてみると大勢の人たちが1人の男を殴っている。殺せ、と言いながら▼「朝鮮人だ」「巡査に渡さずに殴り殺してしまえ」との声が、聞こえてくる。「此奴(こやつ)が爆弾を投げたり、毒薬を井戸に投じたりするのだなと思ふと、私もついに怒気が溢(あふ)れて来た」(染川藍泉著『震災日誌』)。朝鮮人が暴動を起こしたとの流言飛語が、飛び交っていた▼人びとは武器を手に自警団を作って検問をした。「一五円五〇銭」と発音しにくい言葉を言わせ、日本人かどうか調べた例もあった。あまりに多くの朝鮮人が虐殺された▼差別的な振る舞いや意識があったがゆえに、仕返しを恐れたか。官憲もデマを打ち消すどころか真に受け、火に油を注いだ。「当局として誠に面目なき次第」と警視庁幹部だった正力松太郎が後に述べている。不安心理が異常な行動をもたらす。忘れてはいけない教訓である▼そう考えると、首をかしげざるをえない。朝鮮人犠牲者を悼む式典に、小池百合子東京都知事が追悼文を送らない方針だという。例年とは異なる判断である。都慰霊協会の追悼行事があるので、「個々の行事への対応はやめる」のが理由というが、見たくない過去に目をつぶることにつながらないか▼今からでも遅くない。方針を改め、追悼文をしたためてほしい。大震災から94年となる9月1日。風化を許してはいけない歴史がある。
    −−「天声人語 関東大震災の教訓」、『朝日新聞』2017年08月26日(土)付。

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(天声人語)関東大震災の教訓:朝日新聞デジタル





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