それをたらしめるためには「不満をもちつつもどこかで無力感と裏腹な居心地のよい「消費者」であることから脱け出さなければならない」

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 デモクラシーは、決して完成されることがない。絶えず未完成であり続けるはずだ。人間としての限界によって制約はされてはいても、デモクラシーの空間にデーモスとして足を踏み入れ、自分たちが公的な存在として相互に認知し合うとき、自分は決して無力ではないことをはじめて感じるのではなかろうか。そのためには、不満をもちつつもどこかで無力感と裏腹な居心地のよい「消費者」であることから脱け出さなければならない。
 それでは具体的にどうしたらいいのか。まずわたしたちデーモスが、政治家や専門家たちより、ある意味で「賢い」ことを悟るべきである。正確にいえば、「賢くなる」ことはできるし、また「賢くなる」努力を続けるべきであろう。そのために、法外なエネルギーや時間がかかるわけではない。新聞や雑誌、ラジオやテレビに登場する識者や専門家、アンカーパーソンやウオッチャーたちの言説のうち、どれが「まとも」なのか、それを識別する「目利き」の力を養うことである。現実が恐ろしく複雑であるにもかかわらず、それを単純明快なわかりやすさに置き換えるレトリックにはいつも疑いの眼差しを忘れてはならない。わたしたちの生がそうであるように、デモクラシーにかかわる共同の事柄で、複雑さを免れる問題などひとつとしてないからである。この適度の懐疑の目を養えば、いまわたしたちデーモスにとって何が問題なのか、何が優先的に議論されなければならないのか、問題の背後に一体どんな具体的な経験の積み重ねがあったのか、こうしたことが少しづつわかってくるはずだ。
 さらに大切なのは、テレビなどの映像メディアが、実は操作や幻想、偽造などの影響を及ぼしやすいものである点を片時も忘れないことである。映像は決して嘘をつかないのではなく、そうした影響に絶えずさらされている自分をあらかじめ理解しておくことが重要だ。
 こういうと、あれも信じるな、これも信じるなと、なにやら皮肉っぽい懐疑主義者となるよう薦めているみたいだが、決してそうではない。どんなメディアでも、ありのままの現実と世界を映し出すことなどありえないという重要な視点をもつ必要を、強調したいのである。なぜなら、その「目利き」がなければ、わたしたちは、たちまち「観客民主主義」の「消費者」に転落させられてしまうのだから。
    −−姜尚中、テッサ・モーリス=スズキ『デモクラシーの冒険』集英社新書、2004年、238−240頁。

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民主主義の一翼を担う多数決原理そのものが方法論的に破綻していることは、ケネス・アロウ(Kenneth Joseph Arrow、1921−)が不可能性原理で明快に示したとおりだし、その実態に反吐して哲人政治の理想へ傾倒するプラトン(Plato,428/427 BC−348/347 BC)を引くまでもなく、完全な制度ではありません。

しかしながら、チャーチル卿(Sir Winston Leonard Spencer-Churchill, 1874−1965)が「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが」と指摘したとおり、「まあ、マシ」というのも事実。

であるならば、どのように向かい合っていくのか。

まあ、仮象仮象として受けとめていくしかないわけですけど、具体的にはどうなのよって話になると、有象無象としてしてしまうのも事実。

……といって、お任せしてしまうと、それはそれでひとつの終焉を導くだけであって、新しい時代が始まるための「終演」にならないのも歴史の歩みを振り返るとそのことが至極理解できるという寸法です。

さて……
戦後日本社会は制度としての民主主義を樹立することに成功しましたが、間接民主主義として「任せる」だけでなく、その中身を検討する「目利き」することまでも「お任せ」してしまったのは否定しがたい事実です。

どのように「目利き」していくのか。

時代の転換期にあたって、そのことを考えさせられた次第です。

「なぜなら、その『目利き』がなければ、わたしたちは、たちまち『観客民主主義』の『消費者』に転落させられてしまうのだから」。

そして『観客民主主義』はパンとサーカスローマ市民さながら、考えることをスルーした『消費者』として、怪物を召喚するものですからねえ。









⇒ ココログ版 それをたらしめるためには「不満をもちつつもどこかで無力感と裏腹な居心地のよい「消費者」であることから脱け出さなければならない」: Essais d'herméneutique



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