覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『2100年の科学ライフ』=ミチオ・カク著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。




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今週の本棚:海部宣男・評 『2100年の科学ライフ』=ミチオ・カク著
 (NHK出版・2730円)

 ◇気鋭の理論物理学者が挑む、未来予測の迫力

 未来論は、当たらないのが相場である。まして今は未来を論じにくい時代。かつてのユートピアは、地球規模の資源枯渇、格差の拡大、戦争、災害、環境問題などの前に色褪(あ)せている。

 それを承知で百年の未来予測に挑んだ著者は日系三世のアメリカ人理論物理学者、テレビの科学番組や一般向け著書でも人気である。未来を驚くほど言い当てた例に、一九世紀のジュール・ヴェルヌや一五世紀のダ・ヴィンチを、著者は挙げる。自然の法則を踏まえれば、未来予測もかなり可能なはずではないかと。そこで日本も含め未来科学・未来技術の創出に挑む世界の研究現場を訪ね、三百人以上の科学者らと議論を重ねて書かれたのが、本書である。

 予測する範囲は、広い。

 1・コンピュータ、2・人工知能、3・医療、4・ナノテクノロジー、5・エネルギー、6・宇宙旅行、7・富、8・人類。

 それぞれを近未来、世紀の半ば、遠い未来の三つの時期に分け、見通し良くまとめている。個々の分野予測に留(とど)まらず、経済や社会、未来論に話は拡(ひろ)がる。

 コンピュータの近未来を、ちょっと覗(のぞ)こう。メモリなど部品密度が一八カ月ごとに倍になる「ムーアの法則」が五〇年も健在で、コンピュータチップは加速度的に小さく安くなった。画像モニタも紙のように薄くなって、衣服や生活道具のあらゆるところにチップやモニタがちりばめられるようになる。眼鏡やコンタクトレンズに埋め込んだ半透明のチップとセンサがワイヤレスでインターネットにつながり、瞬きひとつで見たい画像を見、話したい人と話し、調べたいことを調べられる。端末も携帯もいらなくなる。

 そんな生活はイヤですって? でも、子供はすぐに使いこなし、生活の一部になるでしょう。

 問題は、ムーアの法則があと一〇年位で頭打ちになること。チップサイズが原子の数倍になると、今のテクノロジーでは原理的にもう小型化できない。原子一個を素子にする量子コンピュータのようなブレークスルーが必要だが、すぐには実現できない。巨大なコンピュータ産業は試練に直面する。

 脳で考えるだけでコンピュータを操作する実験は、身体不随や重い脳障害の患者への朗報だ。今や、ちょっと訓練すればできるという。時代を先取りするこうした実験や研究の進展には驚かされるし、それが本書の予測を迫力あるものにしている。コンピュータとインターネットと遠隔操作は渾然一体(こんぜんいったい)、私たちの生活を大きく変えて行くらしい。

 分子レベルのナノ粒子や遺伝子治療再生医療は、医療と健康管理に大変な革命をもたらす。画期的な長寿も、技術的には夢ではない。……すると、どんな社会になるのだろう。

 エネルギーは、今世紀では核融合が本命と著者は言うが、どうか。脳の研究は飛躍的に進んでいるが、意識を持ったロボット=人工知能への道は、まだはっきりしない。その理由は?

 そのほか、デザイン遺伝子による身体改造、無限に自己増殖するナノロボットなど、ちょっと怖くなる未来予測もある。著者は新技術に伴うリスクも紹介するが、姿勢はあくまで楽天的である。社会を変えるような新しい発展には時間がかかるのだから、対応する時間はあると著者は言う。議論も反論もあろう。

 著者が科学者の目で展開する経済論や文明論など刺激は盛りだくさんで、未来へのさまざまな視点がちりばめられる。情報過多と感じるなら、興味次第でこれはと思う項目をまず読むのがよさそうだ。(斉藤隆央訳)
    −−「今週の本棚:海部宣男・評 『2100年の科学ライフ』=ミチオ・カク著」、『毎日新聞』2012年11月25日(日)付。

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