覚え書:「書評:これからお祈りにいきます 津村 記久子 著」、『東京新聞』2013年08月11日(日)付。
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これからお祈りにいきます 津村 記久子 著
2013年8月11日
◆神社に頼る若者らを描く
[評者]佐藤洋二郎=作家
生きていくための経験や知識が乏しいために、不安と焦燥の中にいるのが青春時代だという気もするが、本書にはその多感な時代の揺れ動く心を描いた作品二篇が収められている。また青春期には未来に希望や夢を抱き、それが頼りない灯であっても、手放せば人生も闇夜をさまようようなものになる。本書の主人公たちが神社に行って祈願するのもそのあらわれだろう。
迷ったり、すがったりする中心に神がいる。神は弱い人間がつくり上げた道しるべなのだ。全国に数多(あまた)ある神社は、わたしたちのさまざまな感情を癒(いや)してくれる場所なのだ。古社の多い関西に生まれ育った著者は、そのことを十分に意識して書いたように見える。
「サイガサマのウィッカーマン」は公民館の清掃のアルバイトをしている高校生が主人公。中学生の弟は不登校だ。父親には愛人がいる。母親は一見のんきそうだが、家庭は崩壊寸前だ。その主人公が冬至の祭りを手伝い、市井の人々の悩みや苦悩に接する話で、一種の成長小説として読める。
「バイアブランカの地層と少女」は京都の大学に通い、ボランティアでガイドをやっている青年の話。恋にも悩むし、友人の神経脱毛症を治すために神社にお参りにも行く。実家は活断層の上にあり、そのことも心配している。父親は若い女性と蒸発したままだ。
ともに心やさしい青年の日常をすくった作品だが、神社や祈りと、若者を融合させた珍しい小説とも言える。家庭に問題を抱えているといっても、彼らに特に深い苦労があるわけではなく、恋に悩むことはあっても重い失恋をしたわけではない。だがそれでもなにかに頼ろうとするのは、彼らが暗中模索の青春期にいるからだろう。
小説が湿り気を帯びたり、深刻になっていないのは、作品にユーモアがあるからだ。大人には通り過ぎた場所なので、彼らの生き方に既視感があるのは否めないが、読書離れをしている若者に、ぜひ読んでほしい一書だ。
(角川書店・1470円)
つむら・きくこ 1978年生まれ。作家。著書『ワーカーズ・ダイジェスト』など。
◆もう1冊
津村記久子著『ポトスライムの舟』(講談社文庫)。化粧品工場で働く契約社員の女性の日常を描く物語。二〇〇九年芥川賞受賞。
−−「書評:これからお祈りにいきます 津村 記久子 著」、『東京新聞』2013年08月11日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013081102000170.html