覚え書:「書評:ベストセラーの世界史 フレデリック・ルヴィロワ 著 大原宣久・三枝大修ひろのぶ訳」、『東京新聞』2013年08月18日(日)付。
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ベストセラーの世界史 フレデリック・ルヴィロワ 著 大原宣久・三枝大修ひろのぶ訳
2013年8月18日
◆本がたどった驚きの運命
[評者]鷲尾賢也=評論家
四十年近い編集者生活であった。ただ残念ながら、一冊もミリオンセラーを生み出すことができなかった。しかし、誕生の現場は知っている。黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』が刊行されたとき、隣の部署で眺めていたからである。初版部数は二万部。売れだすと、今日は十万、明日は二十万と重版がかかる。開いた口がふさがらないとは、こういうことを言う。
本書は、「ハリー・ポッター」シリーズから、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』まで、あるいは、『聖書』『毛語録』『わが闘争』からハーレクインまで、ありとあらゆるベストセラーを俎上(そじょう)に載せる。ダイエット本、宗教書、旅行記、文法書、ミステリー、スパイ物…。一方で、ジッドの『背徳者』は、初版三百部。しかも、七人しか購読者がいなかった。こんな皮肉な事実まで教えてくれる。
十八歳の女子大生のF・サガンがタイプライターでぽつんぽつんと打った小説が、二カ月後にはフランス中のあらゆる書店に置かれ、アメリカにも渡り、あっという間に世界的なベストセラーになる。初版は五千部だった。
書物には、こういう「事件」がおきるのである。「本の運命など、決してだれにも、なにもわからない」。これは大編集者G・ガリマールの告白。実感する出版人・編集者も多いだろう。
さまざまな賞との関係、テレビ・映画などの映像化の影響、広告・価格・検閲、あるいは宗教や信仰との連関、スキャンダル、文章の難易度、さらにはゴーストライターや盗作、詐欺師、訴訟、また読まれないベストセラーなど、数字の嘘(うそ)も含めてエピソードたっぷりの裏事情がじつにおもしろい。
フランス人らしく警句や箴言(しんげん)などもはさみこまれ、本好きにはたまらない一冊。とりわけ不況にあえぐ出版関係者には必読かもしれない。
といって、本書を参考にすれば、ベストセラーが作れるとはかぎらない。そこが何とも悩ましい。
(太田出版・2940円)
Frederic Rouvillois 1964年生まれ。パリ第5大教授・憲法学者。
◆もう1冊
塩澤実信著『ベストセラーの風景』(展望社)。『点と線』『バカの壁』『広辞苑』など、日本のヒット本の逸話と時代の風景。
−−「書評:ベストセラーの世界史 フレデリック・ルヴィロワ 著 大原宣久・三枝大修ひろのぶ訳」、『東京新聞』2013年08月18日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013081802000168.htm