覚え書:「書評:レッド・パージ 戦後史の汚点 明神 勲 著」、『東京新聞』2013年09月29日(日)付。



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レッド・パージ 戦後史の汚点 明神 勲 著

2013年9月29日


◆GHQ指令 待望した人々
[評者]福間良明立命館大教授
 今井正監督の映画『どっこい生きてる』の公開は一九五一年。日雇い労働者一家が困窮に喘(あえ)ぎ、一家心中をも図ろうとするさまを描いた作品である。この作品には監督自身と重なるところも少なくない。今井は五〇年のレッド・パージで大手映画会社での活動の場を奪われた。生活の糧を失った彼は、しばらく屑鉄(くずてつ)売買で生計を立てた。
 一九四九年から五〇年にかけて行われたレッド・パージでは、時に企業整理の名を借りつつ、共産党員・シンパとみなされた労働者が多く解雇された。その範囲は一般企業のみならず、官庁、報道機関、教育機関にも及んだ。
 従来、レッド・パージは、GHQの指示のもとに行われたとされてきた。だが、本書は「ネピア・メモ」など第一級の一次資料を掘り起こしながら、この見方を根本的に覆す。
 大規模な労働争議が頻発していた当時、財界や政界・司法界上層部は共産党系の労働者たちの排除をつよく望んでいた。彼らの熱意に比べれば、GHQのほうが及び腰でさえあった。冷戦が激化するなか、共産党員を疎ましく思っていたとはいえ、憲法その他の関係法規との整合性を考えると、指令の頻発は躊躇(ためら)われた。にもかかわらず、政府・司法・財界さらには労働組合(の非共産党系)こそが、レッド・パージのGHQ指令を率先して望んだことを、本書は説得的に実証している。
 では、「レッド・パージはGHQの指示である」という「神話」はいったい、何だったのか。それはまさに、「日本人」自身の言論弾圧への加担を隠蔽(いんぺい)するものにほかならなかった。
 『どっこい生きてる』のラストは、一家心中を試みるほどの絶望から起(た)ち上がり、主人公が未来の希望を信じようとする場面で締め括(くく)られる。秘密保護法も取り沙汰されている昨今、現代のわれわれは、いかなる「未来」を手にすることができるのか。それは、過去の過誤に真摯(しんし)に向き合うか否かにかかっているのではないだろうか。
(大月書店 ・ 3360円)
 みょうじん・いさお 1941年生まれ。北海道教育大名誉教授、占領期教育史。
◆もう1冊 
 福間良明著『焦土の記憶』(新曜社)。沖縄・広島・長崎を中心に、戦争体験の「記憶」とその変容を地方紙や文芸誌などを基に検証。
    −−「書評:レッド・パージ 戦後史の汚点 明神 勲 著」、『東京新聞』2013年09月29日(日)付。

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